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絶世の美少女を描く説得力/森夕『魔法科高校の優等生』1巻

 ゲーマーズ特典の掛け替えカバー(描き下ろし)と、とらのあな特典の4Pリーフレットの魅力に惹かれて二冊購入……しかけてたところで、友達が共同購入してくれたので特典だけ二種類揃えることができました。


 27日が発売日だった、佐島勤原作・森夕作画魔法科高校の優等生1巻です。


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森 夕 佐島 勤

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 でもコミックZINの店舗には出掛ける予定がないのでZINの特典は未入手だったりします。


  • ……と思ってたら今日、電撃大王編集部からも献本いただけまして、コミックス本体は結局二冊になりました。こうなればZINのも欲しい!

原作を再現するために必要だった、少女漫画的な視覚世界の面白さ

 個人的に原作の大ファンで、しかも一番好きなキャラのスピンオフだから買った、という理由もあるのですが、この作品は漫画の「絵」の表現でも刺激的に感じるところが多く、漫画の研究仲間にも良く勧めるようにしています。


 小説のコミカライズとして、とても漫画的で楽しいビジュアライズをしているので、その表現だけでも面白いです。
 それは雑誌掲載時にも、「電撃大王の『魔法科高校』スピンオフは少女漫画風味」というエントリで指摘していました。

 ここでいう「少女漫画的」というのは、夏目房之介さんの持論を借りた言い方になるんですが、女性的な視覚センスというのは「描きたいもの、見たいもの以外は描かずに白い背景のままにする」というものです。

(中略)

 森夕さんの漫画も、「見たいもの」だけが絵になっていて、要らないものは描き込まないバランスが漫画的に絶妙、という印象です。
 無駄な情報が削られているおかげで、「作者が見せたいもの」だけに集中してずっと眺めていられる画面構成になっている。こういう「少女漫画っぽい」目線の作品は個人的にも好みですね。

(中略)

 『魔法科高校の優等生』の場合、具体的にはどんな目線かというと、まずヒロインの顔が一番しっかり描かれます。他のモブは、表情が簡略化されています。そして、少女漫画ならば「相手役」にあたるヒロインの兄(原作では主人公)ですら「平均的」な特徴のない顔で描かれるというあたり、作者の「目線」=ヒロインを中心にした描写が行き渡っているイメージです。


 視点的に「他者」として登場するキャラクター(老人や中年の男性キャラクター)にかぎって彫りの深いディティールで描かれるというのも、少女漫画では起こりがちな視覚化現象ですね。
 スコット・マクラウドの漫画論でも触れられていることですが、「抽象化された概念的な顔」ほど「自分に近い親密さを覚えるキャラクター」に見えて、「ディティールの細かい写実的な顔」ほど「他者のような距離感を覚えるキャラクター」に見える、という法則がここでも当てはまっています。

電撃大王の『魔法科高校』スピンオフは少女漫画風味 - ピアノ・ファイア


 加えて、最近レビューした「憧れの魔女っ子と、平凡な人間の少女の描き分け/『魔法使いの心友』1巻」の話をここで繰り返してもいいでしょう。

 平凡な一般人の視点から、ヒロインを「憧れの存在」として描く上でポイントとなるのが、登場人物内における美醜の描き分けでしょう。

(中略)

 作中では「あまり可愛げのない子(主人公の友達)」<「普通の可愛い子(主人公)」≒「オシャレ次第で綺麗になれる子(ゲストヒロイン)」<「クラスのルックス上位のグループ」<「そのグループで一番の美人」<<<「黒髪ロングの魔女っ子」という段階を踏んでうまく「美少女度」を描き分けており、そこは作画担当の香魚子さんの画力を堪能できるところです。


憧れの魔女っ子と、平凡な人間の少女の描き分け/『魔法使いの心友』1巻 - ピアノ・ファイア


 この「美少女度の描き分け」という要素……、実は『魔法科高校の劣等生』という原作小説の文体からしても「必須」の表現なんです。


 原作自体は、いかにも理系男性の文章を思わせるロジカルな書き方が特徴とされています。
 それは設定語りにかぎらず、ヒロインの魅力を表現するときすら発揮されるもので、その文体の過剰さは「佐島節」とファンから呼ばれて愛されているほど。


 だから、文章を読むだけで「1000人中の1000人が美少女と認めるのがメインヒロインの司波深雪である」と理解できる書かれ方になるのです。
 そこで他のヒロインはといえば「10人中10人が認める美少女である」とスケールダウンしていたり。


 サブヒロイン同士であっても「男が10人いれば10人、女が10人いれば9人が認める美少女」なんて具体的な説明で「差」を付けられるキャラクターがいたり、他にも「男子人気の高い女子生徒」と「女子人気の高い女子生徒」がいたかと思えば、「どちらの人気でも勝ってしまうのが司波深雪というオチが付いたりと、妙に理屈っぽく、具体的な表現にこだわり(?)が感じ取れます。


 こういう直截的な書き方を恐れずにやってしまう小説って珍しいと思いますし、だからこそ「そこ」をビジュアルでどう表現するのか、というのがメディアミックスの醍醐味──面白さ──になると思うんですね。


 そして当然、理屈っぽい格付けの描写は原作ですでに行なわれているのだから、漫画版は女性的なインスピレーションで表現された方が面白みは増す、と言えるかもしれません。


 そこで『優等生』では、深雪さんとその他のヒロインがきちんと描き分けられているのが素晴らしい。
 例えば「瞳に入った斜線の数」だけを見ても、キャラクターごとに明確な作画コストの違いがあるんですね。また、初登場時はモブのようなラフさで描かれていたキャラが、再登場するとディティールが増えて印象を強調されたりもする。
 作者がどのようにその世界を「見て」いるのか、がしっかり伝わってくる作画と演出ができているということです。


 もちろんこれは「漫画」の表現ですから、一枚絵の美しさでどうこうする表現とはレベルの違う話なんです。
 肝心なのは表現の「コンセプト」であり、演出(見せ方)のセンスです。


 作者あとがきでも、森夕さん自身が「絶世の美少女を描くこと」をしっかり意識しながら作画されている様子が窺えました。
 その上、「もともと黒髪ロングの美少女が大好き」とも書かれていて、黒髪ロングフェチな方にも安心してオススメできる漫画ですね。
(……と、なんで黒髪ロングがポイントかというと、一種の「ヒロイン属性」としての黒髪は「すごい美少女」を表現する上で非常に相性が良く、だから「黒髪ロング好き」の人の中には「美人キャラ好き」が多い傾向があるからなのですが。)


美しい黒髪の表現

繊細さの表現

 今まで見かけた範囲の感想から察するに、このコミカライズのキモである「兄妹カップリング」の描写や、深雪を取り巻く女子同士の描写は、しっかり女性読者からのウケも良いみたいですね。


 作者の森夕さんが女性作家なのかどうかは全く確証がないのですけど、この表現の資質があって……、もし男性だったら寧ろスゴイ、と驚くくらいです。


 ここで比較するのも気がひけるのですが、原作の挿絵(石田可奈さん画)や本編コミカライズ(きたうみつなさん画)では、少年漫画的なビジュアル……というかゲーム的なビジュアルで描かれる傾向があり、描き分けの繊細さには乏しい、と言えると思います。
 つまり、どのキャラだろうと同じような手間をかけて描いているわけです。
 そのため、男性キャラのデザインも、見分けをつけにくい作画になりがちでした。


 ただ、『電撃文庫MAGAZINE』で掲載された石田可奈さんの新規イラストでは、一転して繊細な描き分けの兆候が見られるんですよね。ぜひこの繊細さを今後も取り入れていけば、さらに良くなっていくのでは、と強く感じます。


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「主役」と「視点役」が分かれる理由

 そういえば、『優等生』はヒロインが描き分けられてるのがいい、とは言ってもそれは単純に「差別されているから良い」と言ってるわけではありません。


 ラフに描かれているように映るサブヒロインたちはちゃんと、漫画用語でいう「メガネ君」ポジションとなって、感情移入しやすい可愛さで描かれてるのが良いんです。


 この単行本の紹介を書こうとするレビュアーは、うっかり「深雪視点で描かれる」という広報サイドのコピーに誘導されがちみたいです。どうしても「深雪視点のコミカライズ」と紹介してしまう。
 ですが、漫画では「主人公」と「視点役(メガネ君)」が分離することは当たり前なんです。
 具体的に言えば、主役は司波深雪であり、視点役は光井ほのかというサブヒロイン。
 そしてこれは、どれだけ「ほのか視点」が増えようと「ほのかが主人公となること」とイコールにはなりません。


 ちなみに文芸論では、「視点」というのは完全三人称、限定三人称、一人称という感じに区別することができます。
 漫画はその表現手法の必然上、「限定三人称」という、客観と主観の中間的視点になりやすいジャンルです。


 「限定されている(Limited)」視点というのは、「つねに主人公のそばから離れない視点だが、主人公本人ではなく主人公を眺めている視点である」という意味があります。
 で、無論その「主人公を眺める視点」というのは、少年漫画ならば「金魚のフンのような子分キャラ」や親友キャラ、悪友キャラの視点とほぼ同一に重なりやすいわけです。


 どの漫画でも、常人離れしたキャラクターを描く際に「天才に対する凡人」の視点がよく採用されますね。いずれも通称「メガネくん」と呼ばれる役割です。
 そして、主役にとっての価値観(イメージ)と、視点役にとっての価値観を、さらに「作者の価値観」で合わせることで、登場人物たちのビジュアルには奥行きが生まれます。


 このように、漫画の中でいかに美人や美少女を描くか、というのは漫画の「視点論」と切り離せない問題なんです。

雑誌連載からの単行本化の付加価値

 森夕さんは、漫画をまだ描き慣れていないような初々しいところもあって、例えばトーンの貼り忘れや削り忘れが見付かるくらいだったのですが、きちんとコミックスで修正されている箇所も多く、上達している様子も窺えます。
 雑誌で読んでいた方もチェックしてみると、また見方が変わるんじゃないでしょうか。


(ただ、個人的な意見ですが、達也の前髪のディティールは律儀に修正しなくても良かったかも……。記号的なディティールをところどころ省いてしまえる自然さも絵の魅力だと感じていたので。)


 あと細かいポイントでいえば、女子の制服の柄のバリエーションが、原作未公開のデザインを使っているのも良かったですね。
 雪の結晶柄と花柄と、明るい夜空柄の三種類までしか登場していなかったのが、コミックスの裏表紙を見ると、ラフスケッチにのみ存在していた「暗い夜空」の柄を独自に(?)アレンジしていることがわかります。

今後の展開について

 『優等生』の最初のエピソードに関しては、原作者によるシナリオ提供で作られていたようです。



 でも1巻の原作者コメントによれば、森夕さんのオリジナルエピソードはそのあと増えているようですね。

 ちなみにとらのあなの特典リーフレットのコメントによると、A組(深雪やほのかのクラス)だけでなくB組の生徒にもスポットが当たるみたいで、森夕さんの絵でエイミィやスバルや十三束くんが描かれるとしたらそれも楽しみです。


 ただ、原作小説で「入学編」にあたるエピソードから順番に描くのって、本編のコミカライズがすでにやっていることだったりするわけで。


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 原作読者としては、もう少し先のイベントに時間を進めてほしいところがありますね。


 学園モノのセオリーからしても、「入学してからの出会い」を順番に描かないといけない必然性ってありませんし、むしろ舞台が整ったところからの物語の方が「初めて読む人にも面白さが伝わりやすい」ところがあるんじゃないか、って考えることもできますからね。


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  • その点、初のオーディオドラマ化が「原作では四番目のエピソード」にあたる「回想編」から先に収録されたというのは示唆的なんでしょう


 というわけで長くなりましたが、『魔法科高校の優等生』、可愛い女の子(血の繋がった兄妹カップリングというマニアックさもアリ)を描いた漫画としては出色の作品です。おすすめですよ。


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