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科学のような魔法、ねじ曲がりのないキャラクター、そして食い道楽/青木潤太朗『ガリレオの魔法陣』

 ネタバレ控え目の感想文です。


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 このブログの読者さんから、小説を薦めていただくという珍しい体験をしまして。折角の機会ですからお勧め通りに買って読んでみました。


 その読者さんは『S-Fマガジン』の書評にアンテナを張ってライトノベルを読んでおられる様子で。
 そういう、普通とは異なるアンテナから薦めてもらえると「これは何かあるな」と思ってしまいます。
(当ブログも「SFの感想」を目当てに読まれていたそうで! その点でも珍しいタイプの読者さんだなーと思うわけですが。)


 作者は『ウルトラジャンプ』で漫画原作などを行っている青木潤太朗さん。


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 元々アニメ向けに企画していたものを、集英社のなかを経由してスーパーダッシュ文庫から小説化することになったらしく、これが初のライトノベルだとのこと。
 ただ、あとがきでライトノベルや「ライトノベルだからこその表現手法」への愛を語っており、ライトノベルを書くことへのこだわりも強く感じさせる内容になっています。


 ただ、(読む最中はあまり意識しなかったのですが、後から考えると)漫画原作者らしいなと感じる要素も含まれています。
 『ガリレオの魔法陣』にはふたつのエピソードが入っており、そのエピソードも小刻みに区切りを付ける形式のため、例えるなら「漫画連載が単行本一冊にまとまっている」ような感覚がある。
 ライトノベルはだいたい「一冊かけて序破急でひとつのドラマを終わらせる」というイメージがありますが、このように漫画連載的な構成だと、普段ラノベを読まない、漫画読者にも薦めやすいのでは……という感触がありますね。
(ただ1巻目としては、ラストのヒキが強く感じるのも漫画単行本っぽくて、まだナンバリングの付いていないタイトルなんですけど続刊してほしいところですね。)

世界観とキャラクター

 『S-Fマガジン』で紹介されていたことから窺えるように……というか「魔法陣」に「ガリレオ」という単語がくっついていることからも解るように、科学の時代における魔法/科学のように発達した魔法を作品舞台の基礎に据えています。


 「発達した科学は魔法と見分けがつかない」を漫画にしていた、藤子・F・不二雄チンプイ』の「科法」とはちょうど真逆のガジェットですね。
 「科法」の逆……「科学のように発達した魔法」を描いたライトノベルとしては、佐島勤魔法科高校の劣等生』があるでしょう。

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 ちなみに『魔法科高校の劣等生』は「魔法だけでなく、科学も現代以上に発達している」近未来をシミュレーションしているため、普及性や効率という面では、「科学力」がまだ「魔法力」を上回っている世界です。
 魔法は軍事利用や職人技に留まる、パソコン開発前のコンピュータ技術のような存在だと言えるでしょう。


 一方で『ガリレオの魔法陣』の魔法は、ほとんど科学のレベルを凌駕している設定で舞台世界(パラレルワールドな現代の地球)をシミュレーションしています。
 それは限られた人間だけが操るものではなく、家電やインフラのレベルにまで普及し、機械や電気製品から置き換わっている。


 魔法陣を紙や地面に書くのではなく、立体映像の透明なレイヤーに何枚も重ねることで効率を上げたとされる「現代魔法陣」の技術は、「CH(サークルホログラム)」技術と呼ばれ、生活に浸透しています。
 例えば、一般家庭にあるIHヒーターのプレート部分が魔法陣(CH)に置き換わったようなもの、という描写もあって、なかなか生活感の見えてくる世界観が描かれています。


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 また、魔法陣から浮き上がる立体映像は「実体」として物理的に存在させることもできるため、インテリアから建築物まで出現させられるという、かなりなんでもありな技術です。


 ただ一応、立体映像の投影や、魔法陣を編集(作図)する操作は電子的な機器で行っているようで、こうなると電気的なエネルギー自体も魔法陣で作り出したりはしないのかな? と社会全体への想像も膨らむ設定ですね。
 魔法陣によって動く人工知能が存在するくらいですから、電子的な装置ではないコンピュータやプログラムも存在させられそうですし。


 さて、その「知性のある立体映像」が実体化した人間、というのがこの作品のメインキャラクターになっています。
 ……と、前置きが長くなりましたが、キャラクター小説としての魅力の話はここからですね。


 その「実体映像人間」として登場するのが、表紙イラストにもなっているヒロイン、リンシャオ。
 設定上の外見年齢は15歳くらい……生まれてからの実年齢は数百年という、いわゆる「ロリババア」キャラ。
 どうも著者もイラストレーターもこのロリババア属性に思い入れがありすぎるらしく、もはや「理想的なロリババァの魅力をいかに表現するか」に注力しまくったライトノベル、と言ってしまっていいかもしれないくらい、理想的に「ロリババアしている」ヒロインとなっています。


 無論、キャラクターというのは関係性の中で物語られるものですから、このリンシャオも例に漏れず、全体の登場人物たちと調和することで存在を主張しています。
 つまり、年長者でかつ王侯的な振る舞いをするリンシャオは、主人公サイドのキャラクターにとって養育者であり師匠でもあるわけで、「青少年を引っ張る師匠キャラ」としても理想的なキャラクターだな、というのがぼくの印象でした。


 個人的には、このリンシャオに目をかけられている主人公の青年と、もう一人のヒロインである少女の性格も含めて好みです。
 この二人の性格というのが、少女の側がヨーロッパの貴族出身だったりしますから、自然と貴族的な高潔さや気高さがあるんですけど、リンシャオの養育を受けた主人公もまた、庶民的な生活をしながらも精神的には貴族めいた性根がある。


 この主人公とヒロインの「性根の曲がってない感じ」、「心根のまっすぐな感じ」がこの小説の一種の読みどころにもなっていると思います。
 つまり大掴みに言えば、キャラクターの性格がかなり「いい子」で「優等生」なんですよね。
 性格が澄み通っていて、ねじ曲がったところがない(というより、ねじ曲がりかけそうな目に遭ってもギリギリ屈折せずに育ってきたことがわかる描き方をしている)。


 少年漫画として、悪ガキや不良のキャラクターよりも「元いじめられっ子のいい子」や「優等生の正義漢」を描くことが多いのが『少年サンデー』の漫画なんですけど、たぶん「サンデー好きな人が気に入るかも」、というのも読んだ印象として残った部分でした。
(ギャグとしてオタクネタが所々入ってくるのも「サンデーっぽい」と言えばそうですね。今時のライトノベルとしては標準的かもしれませんが。)


 ちなみに、精神的に貴族というだけでなく、物質的にもなかなか貴族的な描写が多いのも読んでて楽しかったところです。
 旅行における描写がロハスというか、とにかくリンシャオが(生身の人間ではないのに)現地の美味いものを底なしに食べる。
 もう一人のヒロインの方も食にはうるさくて、しかもカロリー消費が高いらしく、これまたよく食べる。
 主人公も庶民的ながら、自炊の味にはこだわっているタイプで、そういう「気持ちよく食べる」シーンの多さもキャラクターの気持ちよさに一役買っているのでしょう。


 ただ、キャラクターを描く作者というのは二重人格的な性質があるんだと思います。
 それがよく表れていると感じるのは、敵役として描かれる連続殺人鬼の描写。


 これが「自分の性癖を満たすために無闇な情熱を燃やす連続快楽殺人鬼」という立ち位置ながら、やたらと言動が清々しい上、妙に善人ぶってるという……。つまり「根っこはねじ曲がっているのに間違った方向にまっすぐ」と言えるキャラ立ちで、これはこれで好きな人はいるはずです。
 『ジョジョの奇妙な冒険』の吉良吉影が、異様に几帳面で計画的で、でも考えてることは小市民、というああいう悪役に親近感が湧く……、そんな好みに通じるかもしれませんね。


 まぁこの連続快楽殺人鬼さん、かなりの信憑性で作者の趣味が反映されていると言ってよさそうで、非常に活き活きと楽しそうに描かれています。
 先ほど、いかに主人公とヒロインの心根がまっすぐしているか……ということを強調しましたが、そんな宝石のように高潔な、傷なんか絶対付けたくないヒロインほど傷付けてみたい、と感じるのもまた人情(そうか?)というもの。
 実際、連続殺人鬼の魔の手によってなかなかリョナリョナしい目に遭わされてまして(グロ方面ではなく格闘ゲーム的なダメージですけど)、この作品にとっては、まぁここが一種の抜きどころなのだろうなあ……と沁みるような気持ちで読んだことも印象深い小説でした。


 いや、面白かったです。上述したように、気持ちのいいキャラクターたちがやっぱり好きですね。


 あと付け加えるなら……『S-Fマガジン』の書評では「魔法陣の設定を通して民族間の文化差も描かれている」と言及されていまして。
 そのテーマが「食文化」の描写の多彩さとしても現れている、というのが食べ物好きとしては満足のいくところでした。カフェオレボウルの話とかがサラっと出てくるのが、いいですね。


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