小説『魔法科高校の劣等生』の、愛すべきその世界(その2)
ネタバレ無しの紹介エントリ、全二回のうちの後半です。
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「その1」では、幅広い年代にリーチする「ヤングアダルト」な作品であることを強調してきました。
が、同時に「読み手を選ぶ」「万人向けではない」というハードコアな側面も抜きに語るのも片手落ちでしょう。
> 人を選ぶ小説
この評価は、以前にも頂戴したことがあります。(当時は別のPNでしたが)
私が書く物は、確かにそういう側面があるのでしょうね。
この小説は万人に受ける作品とは申せませんので……ご期待に添えず申し訳ございません。
そして作者自身は、前回のエントリでも紹介したように
少年少女冒険小説やジュブナイルと呼ばれていた頃から形を変えながらも受け継がれてきた「ワクワクする小説」が書けるように精進したいと思います。
……という心掛けで執筆しておられるようです。
実際には、「ティーンエイジャーのうちに出会う小説」としてなら、『魔法科高校の劣等生』は人を選ばず惹きつける面白さがある、という気がしています。
(事実、ぼくがファンコミュニティと関わりながら見るかぎり、魔法科高校の読者はほとんど学生です。)
しかし人というのは、年齢を重ねたり、読書経験を積んでいくほど好みが偏っていく(or 固まっていく)ものです。
大人になればなるほど「自分の好みに合ったものしか受け付けなくなる」という切実さは、誰しも覚えのあることでしょう。
しかし逆に、「最近のライトノベルが苦手」という中年層や、一般小説読みにとってはむしろ「馴染みやすい」小説でもあるというのは、前回述べてきた通り。
書店に行くたび、山のように刊行されているライトノベルの存在が気になる。僕はライトノベルが読めない。もう30代だからかもしれない。サラリーマン向けのビジネス書や、緊張を強いられるミステリはスラスラ読めるけど、ラノベは実生活との接点が希薄過ぎて、完読できるだけの力が出ない。
幻視球 » 30代オタに優しいラノベ『魔法科高校の劣等生』
〔中略〕
そんな「ラノベ挫折王」こと僕にしては、珍しく最後まで読み通せた1冊がこの本。(いや、僕が楽しめるって事は、すなわち「どこか古い」という事に他ならず、「最先端たるラノベをチェックしなければ」という危機感は全く解消されないわけだけど。何このジレンマ……。)
本題の前に、この「受ける層の幅広さ」をなんとなく理解していただければ幸いです。
それでは、「どんな好みの持ち主にこの小説を読んでほしいのか?」というポイントをこのエントリで挙げていきたいと思います。
でもこれから書くのは正真正銘、まさに「自分の好みで選んだ」当人の意見ですから、そうとう切り口が偏っていることもご了承下さい。
電撃ブランドから出版される、最大の意義
第一のポイントは、いきなりコアなところから突いていこうと思いますが……。
ズバリ「ゼロ年代から妹属性にハマっていた層」にまずアピールしないと話になりません。
電撃文庫を抱えるメディアワークス社、というと。
今では「ラノベ界の王者」というイメージもありますが、誤解を恐れずに言うならば、10年ほど前は断然「シスプリとかを作っているところ」でした。
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90年代ではまだ重要視されていなかった「妹」というヒロイン属性を、ゼロ年代の渦中で一気に浸透させてしまったのが『シスター・プリンセス』というシリーズです。
そしてシスプリによって顕在化した妹ブームの歴史を集約するため、「人類史上初の「妹キャラ」専門誌」と呼ばれた『「妹ゲーム」大全』(インフォレスト)が刊行されたのが2004年。
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今から思えば『魔法科高校の劣等生』のメインヒロイン・司波深雪は、こうしたムックで中心的に扱われたとしてもまったく遜色の無い妹キャラだと言えます。
以上のように、メディアワークスと言えば「妹萌え」の由緒ある企業であり、その電撃文庫から『魔法科高校の劣等生』がリリースされるというのは、歴史的に正しい顛末だと思えるわけです。
(シスプリ世代にしか通じない喩えであろう)『シスター・プリンセス』の妹たちで喩えるなら、
……これらを全て兼ね備えた上に、一貫したキャラクター性で統一されたのが司波深雪という新ヒロインなのです。
「賢妹愚兄」で始まる物語
妹キャラとして新機軸に思えるのは、高校1年生という高めの年代に設定されている上に、学年トップの超優等生で超絶美少女という、才色兼備のお嬢様として登場するところです。
妹でありながら、いわゆる「妹系」の幼いキャラとは一線を画したキャラになっています。
敬語妹であること、黒髪ロングのお嬢様であることなどは、『月姫』(2000年)の遠野秋葉などが先行していますが、血の繋がった妹としてはまだあまり見かけない属性ですね。
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- 去年の12月に出た小説にも(義理の)敬語妹がいて、地味に流行りそうな兆しもありますが
深雪は女王様っぽく描かれることもあり、実力などのステータスが高いので「守られるだけ、甘えるだけ」の妹ではなく「見守る」「支える」色合いが濃いのが特徴でしょう。
その甲斐甲斐しい内助の功っぷりから、読者感想で生まれた「血の繋がった夫婦」という名言が語り草になるほどでした。
- このファンアートのイチャイチャが二次妄想というより、原作の中でだいたい行われていること、という点でも推して知るべしですが
文庫版で小見出しのサブタイトルは省かれているのですが、Web版の第一部は「賢妹愚兄」というサブタイトルから始まります。
公にできない才能や、秀でた知性・体術などを持っていても「規格通りの魔法師としては水準以下」の兄と、その兄の才能こそが世界で一番優れていると信じている「誰から見てもスター的な美少女」な妹による学園ドラマ。
最初はそんなイメージで読んでみてください、という意図がこのサブタイからも窺えるでしょう。
「よく出来た妹」と、「妹より下に見られることが多いが、その優秀な妹こそが実力を認める兄」という関係性ですね。
ぼくや、ぼくの周囲の妹好きも、その関係性がツボで読み始めたようなものですし。
ただ、妹の深雪がスターであり、その兄・達也が昼行灯でいられたのは中学までのこと。
高校に入ってからはそうもいられない急展開が続き、周囲がふたりを見る目も「妹>兄」から「兄>妹」へと立場が逆転していきます。
しかし妹の中では「逆転した立場」などではなく、ようやく「正常な立場」になれた……と考えるくらいの「兄を立てる」思考回路です。
それはもう、平気で「(食事で)お兄様よりも先に箸をつけることなどできません」とか言えるレベルですからね。
大和撫子すぎると言いますか、日本の古風な女性観といえば「親に尽くし、夫に尽くし、子に尽くし」と言われたものですが、深雪さんにかかってみれば「兄に尽くし×3」と置き換えても不思議ではない感じ。
しかも本人は「肉親だから恋愛感情じゃない」と口走っていてコレですから、「この娘は“兄に対する妹”っていう概念を何か別の役割と勘違いしてないか?」とツッコみたくなること請け合いです。
そんな風に、本人はどうも「兄の妹」というものを「恋人」よりも遥かに濃い男女関係として認識しているらしい、というのも妹モノとしてはハードコアな部類に入ると言えるでしょう。
好感度100%超えの愛情
「シスプリ」が浸透させた概念の一つに「物語スタート時点から好感度MAX」という設定があります。
深雪もその「好感度MAX感」を踏襲しつつも──MAXどころか400%くらいに感じさせますが──、「妹キャラのお約束だから」という無根拠さはなく、「MAXにならざるをえなかった過去の事情」が赤裸々に描写されていることも特筆すべきでしょう。
その人目もはばからない敬愛ぶりは「宗教や信仰の域に達している」と良く言われるほどですが、佐島勤に先んじて「小説家になろう」から『ログ・ホライズン』の書籍化を果たした橙乃ままれさんもまた、深雪さんの巫女的な媚態にアテられていたようです。
(※ここだけの話ですが、オフでお会いする時でも真っ先に『魔法科高校の劣等生』の話題に入るほど。)
『完全教祖マニュアル』の中で、「宗教が生まれる瞬間」を定義して「何か言う人」と「それを信じる人」のふたつを成立要件としていたことを思い出します。
たとえば、いま、あなたの目の前に、奥さんの膝でガタガタ震えている男がいるとしましょう。彼は姉さん女房に泣きつき、自分を襲った怪奇現象を必死に訴えています。「本当なんだ。超自然的存在がオレの首を絞めたんだ」。彼女は夫を慰めて言います。「あなたの言うことを信じるわ」。そうです。この瞬間、夫は「教祖」となったのです。ちなみに、この男の名をムハンマドと言います。〔中略〕そして、これがイスラム教のスタートとなったのです。
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ですが深雪さんの場合、兄が何かを言ったわけでもない(ただし、奇跡はもたらしている)にも関わらず「それを信じる人」へと転換してしまったわけで。
いわば教祖不在の、「それを信じる人」だけで成立する「一人きりの信仰」だというのが、深雪さんの「媚態」をまた神秘的なものにしています。
豊富なサブキャラクターと、背景描写によるリアリティ
ここまで妹属性のことばかり書いていると、あたかも兄妹の閉鎖的な関係を描いた物語、というように受け取られるかもしれません(っていうか、そうしか読めないですよね普通)。
しかしその印象はむしろ逆で、サブキャラクターによる魅力で『魔法科高校の劣等生』を読んでいる、というタイプの読者も少なくないようです。
次はその点をアピールしてみます。
事実、常人離れした精神構造を持つ主人公の達也は、「感情移入しにくいキャラクター」としても名が高く、読者の関心がその妹に向かうのは自然なこと。その延長でサブキャラに感情移入していくケースは多いようです。
しかも男女が均等に登場し、ちょっとした端役や組織の構成員などにもキャラクターとしての役割が与えられています。
「キャラが増えると混乱しそう」という心配(?)をヨソにして、自然に必要なキャラクターが配置されていくので、主人公たちが生活する「場」としてのリアリティを高める効果があるのでしょう。
実力がかけはなれている達也や深雪と違って、実際に「劣等生」の烙印を捺されている生徒たちも、達也のクラスメイトとして登場します。
しかし彼らもまた規格からはみ出てしまう者たちであって……ある意味、『魔法科高校の劣等生』というタイトルを正しく冠しているのは、このサブキャラクターたちだと言えます。
「The irregular at magic high school」が本作の英語タイトルなのですが、この「The irregular」は単数形であれど、どのキャラクターにもかかりうる名称なのかもしれませんね。
また、そのキャラクターたちが立脚する舞台=「2095年の日本」も、百年後の生活や教育、軍事や外交などをシミュレーションした近未来SFとして、読み応えのある内容になっています。
そうとう幅広く学習した上で書かれた小説という印象ですね。
ちなみにWeb版には劇中の研究ノートや論文がそのまま記述される箇所もあって(こういうところがWeb版の「愛嬌」ですね)、作者はレポートや仕様書を書きなれた、技術屋肌な理系の人なんだろうな、と勝手にイメージしています。
そして魔法やバトルの描写からも、舞台設定に劣らずリアリティの高さを目指したこだわりが窺えます。
再び感想ページから作者のコメント。
魔法のあり方については、近未来という舞台設定で実戦的に機能するもの、という発想で組み立てると、ああなりました。
武装した相手に実戦で呪文を唱えていたら間に合わないだろう、というのが根っこですね。
それでも、0.5秒とか1秒とかのタイムラグは致命的な結果をもたらしかねないものですけど。
そして生まれるのが、徹底した理屈バトルと、物理現象として合理的な必殺技のデパート。
誰も「技名を叫びながら魔法を使う」ような愚は犯しませんし、もし叫ぶなら別途に必然性が用意され、必然性なく叫ぶようなことがあれば愚か者の扱いを受けるほど。
「バトルのお約束」を可能なかぎり廃した、攻撃は早い方が勝つ、という飾り気のない「実戦」ベースの戦闘。
そんな非情さこそが、「優/劣」で生徒で分けていく社会のリアリティを支えてもいるのでしょう。
遅れてきたヤングアダルト小説
「古いのが、新しい」という言葉があります。
年齢的にも「若手」ではなく、ソノラマ文庫などのレーベルに愛着を持つという佐島勤は、まさに「古いが新しい」を現代に持ち込んだ作家のように思えます。
作中世界が「2100年」代ではなく「2095年」に設定されているというのも絶妙で、「21世紀の百年後」ではなく「20世紀末の百年後」なんですよね。
つまり、我々にとっては過去となった「世紀末」を再演するための「2095年」でもあるのでしょう。
核兵器に代わって「戦略級魔法師」という軍事力を内包させることで、旧世紀の冷戦構造に近い状況が用意されたりもしています。
これはきっと、作者の原体験の中にある、「一番フィクションの想像力がワクワクしていた時代」を過去ではなく未来の世界で描こうとした結果ではないでしょうか。
この「世紀末を舞台にしたワクワクするフィクション」というテイストについては、「『スプリガン』の百年後」という喩えで語ったこともありました。
個人的には上手い喩えだったと思うのですが、いかがでしょう?
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さらに日本そのものは戦時下にあり、「武家」の家柄が再来していたり……。未来でありながら「過去の日本」へのノスタルジーを強く感じさせるのも『魔法科高校の劣等生』の特色と言えるでしょう。
深雪さんの大和撫子ぶりは極端な例として、貞操観念が昭和レベルに遡っているのもノスタルジックです(婚前交渉が珍しく、肌の露出は控えめ、ロングスカートが主流……とか)。
この「古いのが、新しい」テイストに「ヤングアダルト」というジャンルが出会うことで、『魔法科高校の劣等生』は広い世代に通じる作品になるのだろう、と前回のエントリに繋げることもできます。
ぼく個人、「ライトノベル」よりも「ヤングアダルト(YA)」というフレーズに愛着のある世代なのですが、かつてYAだったものをライトノベルと呼んできたことで、失われてきたニュアンスが取り戻されたらいいのに、と思うことが度々あります。
背伸びしたい子供が憧れ、気の若い大人が愛する。そんなニュアンスをダイレクトに表せる「ヤングアダルト」という言葉はもっと復権してほしいですね。
さて、紹介エントリとしては「深雪さんの妹っぷりが如何にスゴいか」という主題(!)に戻りたかったりもするのですが、そちらはまたネタバレ込みで語るべきでしょう。
キーボードを叩くのは、ひとまずここまで。ご笑覧ありがとうございました。
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