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解説・朝松健による「学園バイオレンスの系譜」

S-Fマガジン 2014年 06月号 [雑誌]S-Fマガジン 2014年 06月号 [雑誌]

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 先月発売された『S-Fマガジン』誌上で、吉田隆一さんと泉の対談記事が掲載されています。
 これはお読みいただいた読者さんには承知済みだと思われますが、「ジュヴナイルSF特集」という記事の中で、主に「80年代頃の朝日ソノラマにおけるジュヴナイルSF」にテーマを絞った談話になっていました。


 実は3時間くらい語り合っていた分量(吉田さんの話を泉が聞いていたところが大きいですが)に対し、当然ながら紙幅の都合上でカットされた部分もたくさんありました。


 その中でも、特に、菊地秀行夢枕獏に代表されるような「伝奇ヴァイオレンスSF」「学園バイオレンス」について語った内容は、ほんのちょっと混ぜ込むのが精一杯でした。
 そこで、ささやかな補足も兼ねて、泉が持参していた資料の紹介でもしておきたいと思います。


 それが、菊地秀行『魔人学園』の文庫(1992年版)に寄稿されていた朝松健の「解説」です。


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 本人の読書体験と記憶に基づいた証言になっており、ある一面からの目撃談として読むことができるでしょう。

殺戮/梶原一騎

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 まず朝松健は『魔人学園』を解説するにあたり、学園バイオレンスの転換点として梶原一騎『夕やけ番長』を振り返ります。


 (ジュヴナイル小説ではなく、少年漫画から、というのも示唆的ですが)秋田書店の『冒険王』で1967〜1971年に連載されていたこの作品は、従来の学園マンガ*1の暴力が「単なる殴り合い」でしかなかったのに対し、タブーを破って「殺し合い」にまでエスカレートさせてしまった初の作品だとしています(実際に殺したかは別として、「殺意のある殺し合い」が描かれたということでしょう)。
 これは、後の梶原劇画にも継承されて拡大しつづけていく要素(朝松健は「因子」と呼びます)でもありました。

陵辱/平井和正

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 次にタブーを破ったとされるのが、SF作家の平井和正
 1969年の『SFマガジン』に発表した短編「悪徳学園」において、女教師が不良に輪姦されるシーンを描いた。
 しかも、ストーリーの進行上に必要な出来事として、その陵辱シーンを描いた。


 ここから菊地秀行への影響も関わってくるのですが、朝松健が本人に確認したという証言によると、「悪徳学園」の載った『SFマガジン』を読んだ当時に「これがアリなら、なんでもアリだ」と思った……と答えたそうです。


 なお、この解説では触れられていませんが、平井和正と縁深い作家として永井豪を挙げてもいいと思います。
 特に講談社から発表された『ガクエン退屈男』(1970年)には、次に触れる雁屋哲の仕事を予見させる要素もあったはずです。


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  • 『週刊ぼくらマガジン』(講談社)にて1970年連載

組織/雁屋哲

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 平井和正に続いて、学園バイオレンスに更なる因子を加えた人物は、再び少年漫画の場から出現します。
 その人とは、『男組』の原作者である雁屋哲とされます。1974〜1979年に『週刊少年サンデー』で連載していた学園マンガが『男組』です。


 日本中から少年犯罪者がかき集められ、全国規模で「番長連合」が組織されるだけでなく、抗争の舞台は学園に留まらない。
 「私設軍団を持ち、警察機構を思うがままに操る“影の総理”」という巨悪が背後に存在し、その争いには政治的な思想に支えられた「大義名分」と「組織論」が持ち込まれている。
 さきほど『ガクエン退屈男』の話を挟んだのも、学生運動を下敷きにしていた『ガクエン退屈男』には、その「大義名分と組織論」の萌芽があったかもしれないからですね。


 元々、『週刊少年マガジン』の梶原劇画への対抗馬(例えば『愛と誠』が1973年からの連載)となるべく強化されたような「サンデー」の劇画路線ですが、そこで雁屋哲の『男組』こそは、「学生同士の殺し合いに大義名分と組織論を導入したエポックメイキング」だったと朝松健は位置付けています。

ソード・アンド・ソーサリー/菊地秀行

 さて、1987〜1988年にかけて講談社の『月刊ORE(オーレ)』に連載された『魔人学園』は、上述の三要素を全て取り込んだ上で、更なる「ひねり」を加えたとされます。
 それこそが「剣と妖術(ソード・アンド・ソーサリー)」のファンタジー要素であり、殺し合いに参加する学生たちは、青銅製のブロードソードを振り回し、密教修験道キリスト教などの秘術をごった煮に操り、異世界からは「転校生」が召喚される。


 要は、今でこそ当たり前となった「学園ファンタジーバトルもの」も、『魔人学園』が初めて我々の前に提示したのだ……というテイで朝松健は解説しているわけですが、個人の記憶によるものですから少し留保は必要でしょう。87年には何か先達があったのかもしれませんし。*2


 参考までに、「青銅の剣」といえば『ドラゴンクエスト』の第一作が1986年発売です。『コンプティーク』で「ロードス島戦記」のTRPGリプレイが始まったのも1986年。
 そしてファンタジーRPGTRPG)のエッセンスを敏感に取り入れた漫画として画期的だったBASTARD!!の登場は、『魔人学園』と同じ87年でした。


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 この頃はまだ、日本人の描くヒロイック・ファンタジーがとても珍しい時期だった……、というのは確実であると言えるでしょう。

講談社的なもの、小学館的なもの

 さておき、以上までを吉田隆一さんに話してみたところ、「その系譜には朝松健自身の『私闘学園』も当然付け加えるべきでしょう」とすかさず言っておられました。


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 作者が「学園ムチャクチャ小説」と呼ぶ『私闘学園』は、学園バイオレンスに「80年代的なパロディ要素」を加えた作品として位置付けられるでしょうか。


 この小説の挿絵が、まさしく学園マンガのパロディである炎の転校生を『週刊少年サンデー』で描き、雁屋哲の原作で『風の戦士ダン』を手掛けたこともある島本和彦だった──というのもその点で象徴的かもしれません。


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雁屋哲 島本和彦

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  • 学園マンガではなく忍者マンガですが、雁屋哲のシリアスな原作に島本和彦的なパロディとギャグが付け加えられたとされる作品(参照:雁屋哲のブログ


 余談ですが、泉は『ユリイカ』の週刊少年サンデー特集で『男組』から史上最強の弟子ケンイチに連なるカンフー漫画の系譜も振り返ったことがあります。


ユリイカ 2014年3月号 特集=週刊少年サンデーの時代  トキワ荘から『うる星やつら』『タッチ』『名探偵コナン』そして『マギ』『銀の匙』へ―マンガの青春は終わらないユリイカ 2014年3月号 特集=週刊少年サンデーの時代 トキワ荘から『うる星やつら』『タッチ』『名探偵コナン』そして『マギ』『銀の匙』へ―マンガの青春は終わらない
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 そこでは「サンデーらしさ」の特徴として「優等生っぽさ」と「オタクっぽさ」を挙げていましたが、80年代サンデーの特色といえばやはりパロディ的な要素です。


 松江名俊の『史上最強の弟子ケンイチ』も、政治的な大義名分や組織論までテーマが拡大する部分は確かに『男組』の直系と言えますが、同時に格闘技オタク的なパロディ趣向も強い作品でしょう。


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松江名 俊

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 改めて考えてみると、講談社梶原一騎から菊地秀行に連なる「学園バイオレンス」の系譜と、小学館雁屋哲から島本和彦松江名俊に連なる「学園バイオレンス」の系譜をふたつに分けて捉えることもできるかもしれません。


 この枝分かれした系譜の影響を双方から受けつつ、現代の学園ものが生まれている、と仮定して考えてみても面白いでしょう。


 現に、『SFマガジン』の対談では、伝奇小説の伝統を持つ講談社のノベルズと、その伝統とは距離を取って発展してきたライトノベルの違いについても語っていましたから。
 ピンと来る人にはピンと来ると思いますが、伝奇小説と区別した場合の「ライトノベル(の学園もの)」というのは、マガジンと区別した場合の「サンデー」に似通ったオタクっぽさがある、という見方もできるわけです。


 また付け加えるならば、今となっては「講談社的なもの」と「小学館的なもの」の区別は、むしろ「講談社的なもの」と「KADOKAWA的なもの」の違いに移動している……と、考えてみてもいいのかもしれません。
(これは伊藤剛さんが『ゲームラボ』の連載で、「80年代サンデー的なエッセンスは他の出版社に移動していった」と分析していたことにも準じています。*3


 そろそろ「学園バイオレンスの系譜」の話から少々風呂敷も広がりすぎてきましたが、「現代の『魔人学園』」と評してもまったく差支えのない戦闘破壊学園ダンゲロスが、KADOKAWAグループからではなく講談社BOXや『月刊ヤングマガジン』で発表されているというのも、なかなか象徴的なのかもしれません。


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*1:ここで想定されている従来の作品とは、ちばてつや『ハリスの旋風』などでしょう。

*2:ちなみに「学園超能力バトルもの」であれば『幻魔大戦』など歴史は深く、ここは「学園ファンタジーバトルもの」の歴史に限定すべきでしょう。

*3:ゲームラボ』2008年4,5月号「マンガなんてただの過ちだ」参照