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『境界の彼方』の独特な「現実との境界」

 近頃、河合隼雄さんの児童文学論である『ファンタジーを読む』を読んでいました。


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 そこには「人は追い詰められた境遇にあるとき異世界(ファンタジー)と遭遇することが多い。一度も異世界に触れたことのない人はそれはそれで不幸だろう」という主張があって、昔のファンタジー好きにとっては大いに励まされる言葉だったと思うのですが、今は「常時異世界に住むことができる」ような時代だったりして、異世界はありふれており、ありがたみもその数だけ稀釈されている。


 現代のオタク的な人々がハマる異世界というものは、確かに癒しとなっている部分もあるはずで、しかし河合隼雄さんが考えるような「人間のたましいの深いところに触れるような異世界とは違い、薄くて浅いところで私たちと繋がっているようでもある。


 ちなみに京都アニメーションの近作『中二病でも恋したい!』のヒロイン六花が触れてしまった「異世界」は、まさしく河合隼雄が言うような意味での「たましいの深いところと関係する異世界」だった気がします。


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 さて、本題である京アニの新作境界の彼方はというと、この先どんな話になろうが「と、いう話を思いついたんだがどうだろう」などと言って『中二病』の劇中扱いにできそうだなあというのが私的な第一印象。


 美術演出が(京アニの水準において)リアルすぎ、リアルさの中で異能が描かれるために「かえって空想のように感じる」という匙加減が面白く、そこが評価のしどころと言ってもいいかもしれません。
 このあたり、従来のフィクション批評(村上裕一や宇野常寛あたり)の論点から眺めても結構新しい軸で考えることもできそうじゃないでしょうか。


 例えば『けいおん!』のように「現実から半歩ズレている」というよりも、「現実の真上に現実ではありえないものが乗っかっている」イメージが『境界の彼方』にはあります。


 そして結果的に、理性としては強く虚構(ファンタジー)を感じます。
 現実と虚構が「融合」している……とか感じる前に、現実との「境界」(!)をまず意識させられる。
 従来のフィクション批評では『けいおん!』型の亜現実にAR(=拡張現実)の比喩が用いられてきましたが、「現実の真上に重ねられたレイヤー」を表すARで喩えるならば、『境界の彼方』で描かれる亜現実の方が、むしろ相応しいかもしれません。


 このふたつの「亜現実」──現実でも非現実でもないという意味でそう記しますが──は、水平的拡張現実と、垂直的拡張現実と呼び分けることもできるでしょうか。


 水平に半歩ズレた亜現実は、(地元民を除けば)「聖地に向かえば近付くことができる」という横移動の距離感を心理的に植え付けますが、垂直にレイヤーの重なった亜現実は、夢、空想といった縦の距離感を思い起こさせる……というように。

(ちなみにウンチクですが、古代日本にも「水平的な異界」と「垂直的な異界」の二種が同時に想像されていたそうで、水平的な異界は「海の向こう」の国や城として存在し、垂直的な異界は「抽象的にしか存在しない場所」として高天原や黄泉の国を想定していたとのこと。水平/垂直の言葉選びはこのニュアンスを借りています。)


 さておき、「非日常のある日常」を志向していそうという意味では『日常』ですし、ヒロイン面倒みる系のパターンは狙って京アニっぽいですし、「中二病のキャラが憧れてる暮らしってこんなのだろうな」という意味では『中二病』ありきの企画ですし、予想以上に「京アニだからこういう作品が出てくるんだな」という納得感の高い第1話でした。


 一見、「よくある話」としか感じようのない第1話……とも言えるんですけど、京アニのリアリティで作り込まれることへのワクワク感、というのも確かにあるんですね。


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