ストーリー漫画の表現を解く/岩下朋世『少女マンガの表現機構―ひらかれたマンガ表現史と「手塚治虫」』
二ヶ月前に出た本ですが、漫画研究者・岩下朋世さんによる初の単著作を紹介します。
そのタイトルは『少女マンガの表現機構―ひらかれたマンガ表現史と「手塚治虫」』。以下に詳しいレビューもあります。
- 岩下朋世『少女マンガの表現機構 ひらかれたマンガ表現史と「手塚治虫」』:夏目房之介の「で?」:ITmedia オルタナティブ・ブログ
- 読み応えのあるマンガ論『少女マンガの表現機構』:Book News
著者の博士論文を元に構成しているだけあって、学術書寄りのアカデミックな書かれ方をしています。
そこで、初めて読む人は少し読み方に気を付けた方がいいかもしれません。
序章・一章は漫画史(少女漫画史)と漫画言説史(主に手塚治虫と少女漫画をめぐる言説史)を詳細に紐解くことに紙幅が割かれ、「漫画史評論」に関心の薄い人にはちょっと退屈かもしれません。
漫画研究をやろうとする人には、以上こそが必読なのですが、「漫画表現論」としては二章目以降に注目するといいでしょう。
そこでは伊藤剛の「キャラ/キャラクター」論や大塚英志の「アトムの命題」論を継承しつつ、あるいは批判的に乗り越えつつ、「キャラクターが漫画の絵だからこそ漫画で描ける内面というものはあるのだ」という著者独自のロジックが展開されていきます。
二章以降の表現論が射程範囲としているのは少女漫画に留まらず、日本国内で「ストーリー漫画」と呼ばれてきた漫画のスタイルを対象にしています。
この「ストーリー漫画」というのは、つまるところ「現代の読者が漫画、と言われてまず思い浮かべる漫画そのもの」なのですが……。
その表現のシステムを解こうとした本書は、『少女マンガの……』というよりも『ストーリー漫画の表現機構』と題するのが相応しいように思えます。
元々、博論に付けられていた題が「手塚治虫の少女マンガ作品における表現の機構」だったそうですが、「手塚治虫の少女マンガ」から「少女マンガ」へと幅が広がったものの、本来的には「ストーリー漫画」まで一般化した考察であるということですね。
反面、序章と一章の内容はまさに「ひらかれた少女マンガ史と手塚治虫史」と言える内容であり、本書は「ストーリー漫画の表現機構」と「ひらかれた少女マンガ史」「ひらかれた手塚治虫史」の三軸で組み上げられた本だと言えるのではないでしょうか。
やや値段がお高めの本ですので、お試しとしては『ユリイカ』の荒川弘特集号に掲載された『鋼の錬金術師』論を先に読んでみるのもよいでしょう。
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こちらも伊藤の「キャラ/キャラクター」論や大塚の「アトムの命題」論を踏まえた考察になっている点で、『少女マンガの表現機構』の縮図のような構成になっています。
また、『少女マンガの表現機構』の文中でも触れられていますが、著者の関連文献として、ぼくのサークルの同人誌に掲載された原稿があり、これはPDFでWebにフリー公開されています。併せて読むといいでしょう。
ちなみに、『少女マンガの表現機構』や、その同人誌の原稿でも引用されているぼくのWeb記事というのがこちらです。参考にどうぞ。
テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ 伊藤 剛 NTT出版 2005-09-27 売り上げランキング : 322234 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
NTT出版から出た漫画論のシリーズとしては、サブタイトルの一致からも窺えるように、伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド─ひらかれたマンガ表現論へ』(2005年)を正しく受け継ぐ一冊として意識されているようです。
「漫画論」に入門しようとするなら、──「漫画史」論でも、漫画「表現」論でも──必ず踏まえておくべき本、という意味では相応しい連なりに置かれている、と言えるのではないでしょうか。
少女マンガの表現機構―ひらかれたマンガ表現史と「手塚治虫」 岩下 朋世 エヌティティ出版 2013-07-11 売り上げランキング : 128434 Amazonで詳しく見る by G-Tools |