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「女たちの映画」としても観た『風立ちぬ』

 ブロガーの伊藤悠さん(漫画家の伊藤悠さんとは別人)と先日配信した『風立ちぬ』感想Ustから、「女たちの映画」として語った部分の書き起こしです。
 全体では三時間ほど喋った内容のうち30分くらいを抜き出しています。


 『風立ちぬ』という映画は「男(男の子)の映画」として解釈されやすくて、「女たちの映画」という視点は見過ごされがちだと思うんですが、むしろそういう風にも半分観ていた、という話をしています。

伊藤悠さんとの『風立ちぬ』感想Ustream - ピアノ・ファイア

  • この録画の最初から30分ほどに該当

町山智浩さんの感想の書き起こしがまとめられていて、それが男の話……ホントに男と男の子の映画として『風立ちぬ』を読んで、もの凄く明快に、いい映画だって風に語ってて。まぁぼくは、これに付け加えることは特にないなあ、くらい納得だったんですけど。町山さんもめっちゃ楽しそうに語ってましたね。それで、ここまで男の子の話をまとめられると、あとないのは女の視点の話だなあという風に思ってまして」

「そこですねー、それはね、ぼくまだうまくまとまってない……というか、よく解ってないんですが。なんか、納得する見方や解釈は、まだない」

「ぼくが劇場で観たとき、ちょうど隣に座ってたのが若い女の人だったんですけど、まぁラストシーンでグズグズ泣いてて、泣いて席を立ってはった感じで。まぁ、泣ける映画らしい。ただ、その後、お友達の女性の人が、すごい苛々すると。男の都合……ものすごく男の欲望で作られているように見えたんでしょうね。まぁ女は犠牲者である、という風に観れんこともないし。そういう割り切れない感じに対して、ぼくは、ちょうど同じタイミングでTwitterで言ってたのが、これは男性による感想について言ったことなんですけど、『風立ちぬ』への批判を聞くと、さだまさしの“関白宣言”を聞いて男尊女卑ソングだと怒り出す人を思い出すというのと、その言い訳ソングである“関白失脚”を聞かないと納得しない人みたいじゃないかなあと。さだまさしの“関白宣言”ってまぁ、男尊女卑に聞こえなくもないけど、もの凄く、女を愛してるっていうラブソングですよ。で実際、そこで歌われていることが全て実現するとはさだまさしも信じてないわけで、というのを“関白失脚”っていうヤボな曲でバラすという構図になっているわけですけど。でもまぁ、それを女の視点で捉え直したらどうなのかなあっていう。もうちょっと、そういう話を、相手を変えてしたいっていう気持ちはありますけどね」

「そうなんですよね、あれねー、なんかうまく……うまくまだね……」

「まぁちょっと、いかに女の物語なのかってことを整理しましょう」

「うんうん」


「ぼくはまだ、堀辰雄の『風立ちぬ』と『菜穂子』はKindleで無料だったんでダウンロードだけして、実はまだ読んでないんですけど、一応、冷泉彰彦さんが読者として、サナトリウム文学としての『菜穂子』の立ち位置というのを解説していて。あれはこう、当時の時代としては、女の自主性を描いてるんだっていう。(堀辰雄の)『風立ちぬ』のヒロインの方は、もうちょっと、男に対して従の立場にいるんですけど、『菜穂子』の主人公の女性の方は、どちらかというと自分の生き死にのタイミングを自分で決めるタイプの人間として描かれているみたいなんですよね。つまり、自我がある」

「なるほどね? ふんふん」

 ですが、小説『風立ちぬ』の節子が、「婚約者である私」に愛されつつ若くしてこの世を去る「純愛と薄幸」のキャラクターに単純化されているのと比較すると、小説『菜穂子』の主人公は全く違う複雑性と深み、そして「女性としての強さ」を与えられているのです。


〔中略〕この「勝手に抜け出して中央本線で新宿に帰ってくる」という菜穂子の行動で、堀辰雄は新しい時代の女性のエネルギーであるとか、苦悩を背負う「個の輝き」の表現に成功しているように思うのです。


 宮崎氏は、映画のクライマックスでこの「菜穂子の療養所抜け出し」というエピソードを堂々と取り込んでいます。その毅然とした姿は「菜穂子」であって「節子」ではないのです。これがヒロインの名前の背景にある理由だと思います。そして、この映画のファンになった方々には、原作として堀辰雄作品に触れる際に『風立ちぬ』だけでなく、『菜穂子』を読まれることを強くお薦めします。

映画『風立ちぬ』のヒロインが「菜穂子」である理由 | 冷泉彰彦 | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト


「『菜穂子』っていうタイトルをヒロインの名前に充てたっていうことはきっとそこに意味があるだろうと。まぁつまり、映画を見るかぎり、二郎は嫁さんの横でタバコを吸うし、自分の仕事と女のどっちが大事だっていうと、両方大事だって言って(苦笑)、嫁さんを仕事の巻き添えにしたりする、もの凄く身勝手な男に見えるんだけども、まぁ、でも、菜穂子の方もあれはかなり魔性の女ですよね」

「そう、それはね、そう思うんですよ、そうそう」

「全然、男の言いなりにはなっていない。で、たぶん原作の『菜穂子』の方で描かれているであろう、自分の生き死にを自分で決めるっていう……まぁ、時代の限界があるから、そりゃウーマンリブにはなりようがないし、女が絵画をやっても評価してもらえない時代なのかもしれないし、そこで発揮できるのは、せいぜい自分で生き死にのタイミングを決めて、男を一時的に自分のもとに縛り付けるくらいのことしかできなかったのかもしれませんけど。でも全然、女の話だと、思うんですよね」


「うん、あのー、あれさ、イチャイチャさ、キスするじゃないですか」

「えぇ」

「あれ結核ってさ、死病だからさ。めっちゃ感染するから、あのー、死んじゃうよ? って感じなんですけど。あれ、タバコはタバコだけどさ、結核の人とキスもするしさ、なんかね、ちょいとエッチなこともしましょうかとかね。あれはなんか、二郎先生はタガが外れてるな、っていうとこで。そういうところはあるし、その読みもあると思うんですよね。えー? みたいな。結核に感染したらかなり死んじゃいますし。実際嫁さんは死んじゃいますけど」

「当時の医学レベルがどうかわかんないんですよね。ちなみに時代によっては、タバコが結核に効くって信じられていた時代もあったそうですけど(笑)」

「……(笑)」

「さすがにそこまで旧時代的じゃないのかな、あの時代は(笑)」

「それはともかく。ねぇ、二郎先生は死ぬようなことをガシガシやっていくんで」

「あれはだから、二郎先生がよっぽどタガが外れてるっていう、完全な主人公の物語として解釈するのとは別に……。あそこはもう、菜穂子の魔性ですよね。たぶん、ああいう風に完全に誘導してるんですよ。これも誰かが言ってるのを読んだんですけど……、貴方に会ったらすぐ帰るつもりだった、って駅で言うじゃないですか」

「はいはいはい」

「その後に、ずっと一緒にいよう、ここで暮らそう、って告白するじゃないですか。で、それを観た女の人のつぶやきで、あれは言わせてるね、っていう」

「うんうん」

「明らかに誘導させてる」

「そう、そう、あの流れって、ああ言われたらこうなるっていうね、詰将棋ですよね。三手詰めみたいな」

「ははは(笑)」

「すぐ帰るつもりだった、って、えっ!? そ、そこにコマを置かれたら、ここにいてくれ……としか返せないよね」

「菜穂子に二郎先生がコロコロ転がされてて(笑)」


「だから結構、そう、そういう読み方はできる気がしますね。その……なんというか相身互いというか、どっちもどっちじゃないですけど。刹那主義のふたりが出会ったみたいな感じで」

「宮さんはどのキャラクターにも感情移入して入れ込みながら作るはずだから……。『ポニョ』作るときに、この娘は怖いねーって言いながら津波を起こさせてたみたいなもんで、菜穂子に関しても、この娘は怖いなあって思う部分を加えて描いてたんじゃないかなあ」

「あのさ、軽井沢のときのやり取りなんですけど……」

「はい」

「あの謎のドイツ人が、君の仕事はそのうちなくなるわー、みたいなことを言って、二郎先生は仕事のギアチェンをするんですけど、そのとき恋愛的にもギアチェンをしてる気がするんですよ。あのドイツ人との話がなかったら、求婚まではしてないかもなーって気がするんですよね」

「あぁ、はあはあ。全っ然説明されないですけど、あそこの突然の、僕たち結婚します、は確かにそうですよね」

「うん、なんかね、じゃあ治るまで待ちましょうか、って言う気がするんですよ、ドイツ人の話がなければ。でも、いや君らなんかずっとこの暮らしが続くと思ってるかもしれないけど一瞬の夏の日のようなものだよ、とドイツ人に言われて。言われてみればそうである、こんないい暮らしができるのも、これからガチでアメリカあたりに喧嘩を売ったら、こんな仕事、こんな暮らし、なにもかもなくなってしまうかもしれない」

「そうか、まだ戦争してないタイミングだから、父親にしてみればこの二人はそんなに愛し合ってんのかーって、二人の愛の強さで決めたんだなって思うんでしょうけど。多くの観客もそう受け取ると思うんですけど。確かにいとゆうさんの言い方だと、危機感で婚約したことになりますね」

「だからそれまでさ、色んな可愛い女の子を見てるからね。飛行機半分、女の子半分で見てて、あの子も可愛い、この子も可愛いと思ってたわけですね二郎先生は」

「菜穂子の横にいた女とか」

「そうそう最初はさ、恩に着てくれた人とはいえ、お絹ちゃんの方が気になってたわけですよね。でも、あそこでもう一回会ってね、告白されて。その時に、いやーずっと色々目移りしている時間もねえよ、と言われるわけですよ。あっ、そう言われればそうかもしれない、と」

「ふんふん」

「で、菜穂子ちゃん自身、可愛い女の子だけど、やっぱさ、結核にかかってて、キスとかできないと思うんですよね本来。伝染るから。空気感染するような病気だから。接触したらモロに移ると思うんだけど。だから、あれはいいところのお嬢さんではあるけど、お嫁さん候補としては結構……かなり、なんていうの、なかなかその、お見合い写真には載らないような人だと思うんですよ。いやいやこの人結核なんでしょ、ちょっと無理でしょってふうにさ、なる。本来。だからあのお父さん引いてるじゃん」

「(笑)引いてますよね」

「ねえ? え、ウチの娘を!? いや言ってくれるのは嬉しいけど、正味どうよ、と思ってるわけですよお父さんは。イヤイヤイヤ結核かかってるし治ってないんですよ。言ってくれるのは嬉しいけど正味ないでしょ、と思ってるわけですよ。君エリートだろ? 三菱に行ってる。で、出身も、地元の地主の息子でしょ。次男とはいえさ」

「あー、お父さんには訳わからんわけですけど、二郎と菜穂子の二人は同じものを見ているわけですね」

「なんかその、違うものを見てるけど、方向性が似てるんだと思うんですよ。片方は自分の病気なわけです。これで死んじゃうんじゃないか、っていうね。で、夫の方は、そういうその、国や工業力みたいなレベルでこの暮らしはなくなるんじゃないかと思ってる。あと10年だ、と思ってる。その刹那的限界を持ってる二人が出会って、じゃあ、なんか相身互いで、ここは行くかーと。そういう関係ってことなのかなあ?」

「そこは非常にロマンチックですよね。理屈として本人たちが説明できる事柄じゃないでしょうけど、行く先短いと思ってる菜穂子が、自分が死ぬまでに一緒にいる男に選んだのが、当時のまだ戦争に踏み込んでいない日本っていう国の中で、唯一こう、あのドイツ人を通じて危機感──実は先があんまりない、っていう緊張感を持った男を選んだっていうのはちょっとロマンチックですよね」

「なるほどね。なるほど」

「たぶん本人たちが言葉にして説明することじゃないと思うんですけど。でも多分そこで、一緒にいていい、付き合って、横にいていい、っていう風に感じたっていうのはありそうですよね」

「そういう関係なのかもね。どこまで互いになんかそういう話とかしてんのかよくわかんないんだけど」

「それもそうだな。そもそもあの二人がした会話を俺たち聞いてないからな(苦笑)」

「そうなんですよ、どういう話してんのかなっていうのはあって。でも少なくとも、女の子の方の、病気の手の内は結構わかってるわけじゃん。で、二郎先生の方はどういう話したのかな、っていうのはあるんですよね」

「(Ustのソーシャルストリームで)みやもさんが書いてくれてるのが、二郎が煙草吸うからちょっと離れるよ、と言ったら「ダメ」と言ったのが菜穂子ですからね

「そう、ああ、なるほどね、そこをそう読むわけか」

「ちゃんとこう、引き止めて誘導してるのは、コントロールしてるのはむしろ菜穂子の方だっていう」

「なるほどね。そうか、そう読むと状況を動かしてるのは菜穂子なわけか」

「わがまま。結構、菜穂子はわがままなわけですよ。あっ今、わがままを悪い意味で使ったわけじゃなくて、つまり、自我がある。ちゃんと自主性のあるキャラとして、尊重されて描かれてるのが菜穂子だと思うんですよね」

「なるほどそういう読みもアリかあ。ふんふん。あの、軽井沢でさ、謎のドイツ人がさ、あの後さ、応援するじゃないですか」

「あ、婚約を祝福しますよね」

「そう、あれは……」

「あー! それも二人の動機がドイツ人にはわかってるからか。お前ら会話もせずにわかり合ってイチャイチャしてるなって感じだなあ(笑)」

「そうだし、自分の言ったことを信じたからですね、二郎が。ちょっとコナを振ったくらいのわけです、最初に話した時のドイツ人的には。言ってる意味わかるかねー? みたいな。ユンカース博士のファンだっていうあたりから、ちょっとコナを振るくらいだったのに、二郎がスパっと反応していきなりギアチェンをするわけですよ」

「日本のインテリもなかなか賢いのがいるなー、くらいの感じなんでしょうね」

「そうそう、過敏に反応しやがってと。なので、その後は全力で応援しにくる。いや素晴らしい結婚だとか言うわけですよ。イヤイヤイヤ(笑)、片方、結核で、ねえ? 大丈夫かー? っていう感じなんですけど、ドイツ人的には、いやもう(拍手)素晴らしい素晴らしい、と。で、お父さんドン引きみたいなさ」

「お父さんだけわかってないから(笑)。……あー、いやあ細かいですねえ。細っかい演出してますねえ。腹芸だなあ」

「自分の言ったことを信じてくれたから。あのドイツ人の演出は面白いですねえ」

「宮さん、いつも何の腹芸やってんだっていう感じの」

「やはり宮崎駿先生の演出力というのは、恐ろしい、緻密さがあると思いますね」

「日常的にそんな演出やってんじゃないかと思いますけどね(笑)」

「うん。なんか、いよいよ老人の繰り言か? みたいなことを言う向きも、見たりすることもあるんですけど、『ポニョ』のときもそんなこと言われていたし、きっと『ラピュタ』のときも言われてたんだろうなと。まぁどうなのかなー? でも、んー基本なんか、緻密なことをやってると思って観てしまった方が。俺にはまだわからないが何か技を使ってるんじゃないか、みたいな方が面白いような気がしますね。でもそうか、なるほどなあ。菜穂子ちゃんがあの二人の関係の、結構イニシアティブを持っている。というかイニシアティブを取ろうとしているということなのかな」


「で、女たちの話をしたいんですけど」

「ふんふん」

「あのー、どっちかというと男の犠牲者として描かれているのが、妹の加代の方で。で、妹は社会的立場の方から、女性的実現をしようとしてる人なんですよね。医者になろうとするし。まぁ、女性医師というと、幕末のシーボルト・イネをぼくは連想しますけど。働く女性になろうとしているわけですよ、あの時代において。実際その夢を叶えてるんだけど。でも、流石にこう、男尊女卑的な社会の枠組みたいなものには逆らいきれないみたいなところがあって。まあ兄の決めたことには逆らえないし。せいぜい、私は怒っています、と言うことくらいしかできないっていう」

「まあ、言っても、弟だとしても二郎を止められるもんじゃないでしょう?」

「あ、そこは止められるかどうかの話じゃなくて要するに……、女の味方に立つかどうかっていう話ですね」

  • ここで考えていたことの補足

 妹の加代は、幼少期で描かれているように、「兄と自分の区別がつかないくらい、兄と同一化していて、いつも同じことをして、同じ遊びをしていたい」と考えることが自然というタイプの子だった。


 精神的に兄と同一化していた妹は、「自分にとって興味のない飛行機に兄が夢中になっていく」に従って、兄と自分は異なる人間なのだと自覚していったのだろう。
 しかし幼少期に兄と同一化していた体験から、加代はおそらく性差というものを不自然に感じながら育ったのかもしれない。


 成長して家族に敬語を使わなくなった二郎に対して、敬語と対等語を混ぜて話しているのも、「敬語で対話していた幼い頃の兄に戻ってほしい」という苛立ちと、「やはり今の二郎に合わせて自分も同じ喋り方をしたい」という同一化願望の双方に揺れている様子も感じさせる(※このあたりは妄想)。


 貧しい時代だから女が労働すること自体は珍しくなかったろうが、堀越の実家はそういう環境でもないだろうし、嫁入りもせず自立して働く女性になったのも、働く兄に張り合って、というか、男と女の違いを受け入れがたい考えをしているようにも映る。
 つまり加代には、戦中の時代において男女同権思想の萌芽が見える。一方、それとは対照的なのが黒川夫人の存在だ。

「あそこで加代ちゃんは、奥さんの立場に自分の身を重ねている。完全に、奥さんの味方になってるじゃないですか、あそこで。だから、そんなの酷い、あんまりだ、と言って泣くわけですよね。そういう意味で、加代ちゃんは奥さんが男の犠牲者だと思っている。すごくいい人なのに、って」

「さっきいずみのさんが言っていた、菜穂子が三手詰めで結婚式までの展開を持っていく、っていう見方からすると、菜穂子を山に戻さないで、離れで生活させている菜穂子さんが可哀想って言う妹さんには、その三手詰めが見えてないってことでしょう?」

「そうですね」

「お兄ちゃんのエゴで連れてきてるんだと思ってる」

「で、妹ともの凄く対照的なのが黒川夫人の方で。黒川夫人も凄く面白いキャラクターなんですよね。宮崎先生のキャラクターの引き出しの中でいうと、もう……必殺カードみたいなキャラクターじゃないですか」

「そんな気はしますね、その……」

「ま、クシャナからエボシ御前に繋がっていく類型のキャラクターがそこに置かれてるんですよね」

「なるほど? あれはクシャナ=エボシ御前ラインだっていうこと?」

「ええ。で、特にエボシ御前がどういう人間だったかっていうと、まぁ女の立場で、男性社会を内面化している存在なわけですよね」

「ふんふん」
「女ではあるけど、男社会を肯定しているキャラなわけですよ。肯定っていうと語弊があるかな」

「我が物としているということだね」

「その男性社会の枠組の中で、女性の自己実現てのはあるものだと思ってるんですよね。女はタタラを踏んで働けばいいし、自己実現の方向が、男性社会を継承しつつ、そこに女の役割を作り出す方向で動いているわけですよ、あの類型のキャラクターっていうのは。だから……」

「なるほどね、なるほど! だから、そうか、黒川の奥さんはあの展開で、菜穂子ちゃんのロジックに乗っかってるんだ。そうか、なるほど」

「……乗っかってはいますけど、多少価値観は違いますよね。菜穂子は本当に、女のわがまま、男の都合なんて知ったことかっていうくらい魔性なんですけど。黒川夫人は、女のわがままを男性社会の中で実現する方法を知ってるんですよね。だから……」

「そうか、なるほどね。だからあれは三手詰めじゃなくて実は五手詰めで、最後の二手は黒川の奥さんが指してるんだ」

「ふふふふふ(笑)」

「そうだな、きっと。ふんふんふん」

「男社会における女の幸せっていうのを、黒川夫人は語ってるんですよ。もの凄いキップがよくて、もう姐御って感じの人なんですけど、ちゃんと女は男を立てるものであるとか、そういうことを弁えてる。その中で、女の幸せは作り出せると思ってるんですね」

「あのさ、なんていいお嬢さんでしょう、って言って、早速着替えさせて、とか言って、大丈夫よあの人はいつもああなの、とか言うじゃないですか? で、この展開に持ち込んでしまえば、あとの二手は自分が演出できるっていうことですね、黒川の奥さんが。その読みで言うと。あそこに転がり込んで来るまでは菜穂子が三手詰めをして」

「菜穂子のやりたいことを、完全には理解してないかもしれませんけど、お膳立てることはもう完全に計算できてるでしょうね」

「うんうん。そうか、そうだよね。あとは女の支度があります、とか言って席を立ってしまえば、後は、私がセッティングする線に旦那はもうついてくるしかあるまい、と」

「うん。だから昭和っていう時代の価値観において、女性的な自主性っていうものを発揮しようとした菜穂子ってのがまず中心にいて。で、その女性の味方に立つんだけども、何もしてあげられなくて泣いちゃう妹の加代と、全力で応援して良しとする黒川夫人がいるんですよ。この三つが映画の中に内在している」

「そうか……だから黒川は家長ではあるけど、あの家のマネージメントの部分では、奥さんにああ動かれたら、実はそれに乗っかるしかないんだ」

「確かに最初は黒川さんも戸惑ってましたからね(苦笑)。ええっ!? みたいな」

「それをその、じゃあ女には女の支度があると言われちゃうと、待てとは言えないんだなあ」

「すぱん! って言われてしまうとね」

「だから後は、障子を開けて出てくるまで、お前待ってろ、って言われて、アッハイ、ってことになるわけだ。そうかー、黒川の奥さんは、自分の綺麗なところだけを見てほしかったのね、って最後にまとめますけど、あれはもう全然わかっちゃってるからあれを言うわけですね」

「それこそ、スポンサーを騙くらかして自分の夢を叶える設計者の仕事にも近いですけど、こー男をうまいこと乗せながら自分のやりたいことをやるっていうすべを完全に身に付けている人ですよね」

「その読みはなんか面白いなあ。なるほど」

「だから、女たちの映画だと思うんですよ。この三人を描き分けてるっていうところに注目した話ってあまり見掛けないなー、と思ってて。女の人の意見を聞きたいなって思うんですけどね」


「ふんふん。なるほど、まぁ、どうかな、その、こちとら、男子ぃーなんで」

「男子なんで(笑)」

「適当なこと言ってるかもしれないですけど。でも面白いですね。なるほど」

「と、いうのが……。なんかね、でもその描き方が好きなんですよね」

「黒川の奥さんね、格好良いですからね」

「それがさっき言ってたのが、さだまさしの関白宣言には歌われていないんだけども、こう、女の姿が見えてくるみたいなもんで」

「なるほどね、だからそこが(今の『風立ちぬ』批評の)片手落ちじゃないかということですね」

「想像すれば想像できるじゃないですか。関白宣言の、あれだけ愛されている奥さんってどんな人間なんだろうっていうのは。旦那にあそこまで愛させた女だよ? というのはね。と、思うんですよね」


「いやあ、菜穂子ちゃん、結構あれね、あれもあれで緻密な女の子ですからね」

「(笑)賢いですよね」

「再会した王子様に、いやお絹ちゃんもうお嫁に行ってまして、みたいな状況説明を素早くするあたりのとかね」*1

「(笑)」

「そうそうそう、必要な情報だよねそこ、みたいな」

「こう、すかさず今付き合ってる人いないんですけどアピールをできるタイプ」

「そう、付き合ってる人いないんですアピールと、あの娘はもらわれて今幸せになっとりますっていう説明をするというですね。だからちゃんとわかってるわけですよね、お絹ちゃんの方を見てたっしょ、みたいなさ、あの地震の時も」

「さとい」

「でもね、ちゃんとこう、二郎先生も、最初から君のことが好きだった、みたいにこう、あそこでちゃんと言えるというですね。うんうん、みたいな」

「ははは(笑)」

「瞬間的に人間的な力を発揮したみたいな。あれたぶんだから15分くらいしか保たないんだけど(笑)」

「で、(菜穂子も)ようし、ここは触れないでおいてあげるか、っていうね」

「そうそう」

「言わしておいてやるかーみたいな」

「そうそう、っていうかまあ、よしよし、それ言わしたわー、っていうことでしょ」

「(笑)こっちの勝ちっていう話ですか。あ、『ラピュタ』の親方のオカミさん? も黒川夫人に入ってるってみやもさんが言ってますね。誰がそのシャツ縫うんだい、って」

「あれは、大喧嘩のオチを持っていく系の演出になってますね。また野郎どもがくだらない喧嘩をしやがって、みたいな感じにまとめる人のはずですから」

「ああ、確かにキップがいいですね。あんまり広げると魔女宅の奥さんもそうだろうってなりますけど(笑)」

「野郎の、そういうね、いにしえの時代にいたからといって、別に、じゃあ女子が肩幅を狭くして生きていたというわけでもあるまい、っていうことですかね」


「まぁそこらへんはホント、『ラピュタ』作ってて、ムスカにもちゃんと感情移入できるように描いちゃう、宮さんならではの、もーどのキャラにも感情移入しまくりだなあ、っていうのがよく出てると思うんですけどね。アンタどのキャラも好きだろうっていう」

「うんうん。ほんとねぇ、ムスカも愛されてますよ。めっちゃこう、どういう生まれでどういう育ちをしてきたかの設定が緻密にあるというか」

「黒川夫人の話ができたのでぼくは結構満足かな」

「(笑)そうですね、黒川の、あの奥さんがそういう読み方をするというのは、ぼくも、なるほどーと思いました」

「みやもさんは最初、(二郎や他の話題よりも)妹の話ばっかりしてて。(ぼくも)妹もすごい好きですけど。妹さんは、さっき言ってた、その菜穂子を中心にした対比の部分ですかね。あのー、女性的な自立を目指そうとしてるんだけども、社会的な枠組にはまだ抗い切れてないし、その中で女の幸せっていうのもいまいち掴み切れてないキャラクターですね。まぁだからこそ、大事だと言えますけど。んだし、ちゃんとあそこで菜穂子のために泣く人っていうのは必要ですしね」

「ふんふん」

「みんながみんな、黒川夫人みたいに、菜穂子を笑顔で送り出してもしゃーないな、それはそれで、と思うんで。それこそ、大事な(『風立ちぬ』のコンセプトである)矛盾の部分が、残らないですしね。黒川夫人の保守的な考え方を全肯定すればいいわけじゃなくて、そんなのあんまりだ、別の生き方があるはずだ、って否定する妹がいるわけだから。だからすごいバランスが取れてるんですよ『風立ちぬ』って」


「いやホントね、その、人物の配置がすごく緻密で、その……」

「あらゆる、エクスキューズに応えるだけの情報は出てるんだと思うんだけど、なぁ」

「浮いてるキャラはいないですよね」

「ぼく、観終わった後の感想も、いわゆるカタルシスがないし、結論もないから、スカッ! とはしないけども、観た後の気分はすごくよかったんですよね。いいバランスの映画だなあと。すごい、緩急のない感じで進むけど、そういうしんみりする映画も、たまに観るにはいいもんだー、って思いながら劇場を出ていったら、わりとみんな、感想で喧々囂々言い合ってて(笑)。イヤそんなに粗のある映画だったかなー? みたいなギャップがあったんですけど」

「本当に緻密ですね。そのー、なんか主人公が体を動かして何かを達成するっていう中間目標があまりないので、そこが弱点と言えば弱点なんでしょうけどね。これを乗り越えた、みたいな、そういうのが三幕構成的に、ここ、ここ、ここ、みたいな風にはなってない。とは思いますね」


 ここでは『風立ちぬ』や、宮崎駿監督の創作を肯定的に語っていましたが、以上をひっくるめた上で「それはどうか」という感じ方もあろうと思います。
 でもまぁ、こういう見方も無視できないんじゃないか、面白いんじゃないかということですね。


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関連

 「ヒロイン視点で見た宮崎アニメ」という話では、『カリオストロの城』について語ったエントリもありました。
 こちらは女性からの評判もよろしかったお話です。

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*1:この菜穂子の計算高さは岡田斗司夫氏も語っている。→ http://amzn.to/17ffljy