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うまくない見開きの使い方/pixivの漫画投稿システムがダメな理由

 創刊号では「ムダな見開きが多すぎる」と批判され、第2号ではその見開き多用も「控えめになった」……などと話題だった雑誌『コミックギア』ですが、

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……この話になると、たいていの人は「大ゴマ多用=悪」という単純な理解をしていることが多いと思います。見開きや大ゴマの「うまい多用の仕方」と「よくない多用の仕方」をあまり区別せずに、なんとなく「大ゴマはムダだから悪い」と考えているのではないかと。
 逆に言えば、「うまい使い方の場合のうまい理由」を説明できていない、ということでしょうか。


 以下、いろいろな漫画の話題に寄り道させますが、最終的には前のエントリで予告していた通り、「pixivの漫画投稿システムにもの申す」というエントリに仕立てる予定です。
 どうぞ最後までお付き合いください。

「うまい見開きの使い方」を決める基準

 その「うまい理由」の語り方のひとつとしては、ぼくとしぐれやさん、みやもさんと考えていた「ページまたぎ」の問題がありました。

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  • 「ページまたぎ」というのは、見開きページのこういうコマ割りのこと。ページのノドをまたいだコマが生まれる


 この一連の議論は、ウチのサークルで文学フリマ冬コミに出す新刊にまとめられていたりします(ぬけ目なく宣伝)。


 その議論の最中に、みやもさんがジャンプの掲載作から「ページまたぎ」の例を探してみたのが以下の写真です。



 特徴的なのは、見開きを大きく使っているように見えて「右から左へのコマの移動」がちゃんとあること。それによって、コマが横向きにスクロールしていくような感覚が生まれています。


 これらのダイナミックな「ページまたぎ」の実例を「単なる見開き構図」と比較して思うに、良くないとされる見開き構図のケースというのは、「漫画特有の、横方向へのスクロール感」を犠牲にしているケースなんだと考えられます。
 または、あえてスクロール感を殺すことに意味のない見開きも、「よくない見開きの演出」と呼べるのかもしれません。
(なので当然、重要なのはその見開き自体よりも、その見開きに至る過程なのですが。)


 ここで漫画理論の原点に返ってみましょう。
 「漫画」というメディアは、映画やアニメのように「時間の流れ」が存在しないからこそ、「横に並ぶ空間」を用いて時間を表現しようとするメディアです。
 そう考えると、空間(コマ)が横に並ばない見開きというのは、そもそも「非・漫画的な手法」だとも言えます。


 漫画というのは、「右端から視線が入って、左端から視線が抜けていく」という、2ページ分の横幅をいっぱいに使った「時間の流れ」と、「視線の運動」そのものが「読みの快楽」を生んでいるのだ、と考えることもできます。


 しかし、単純な見開き構図は、読者の視点を「見開きの中心」に固定させてしまいます。一枚の絵に対しては「一個のカメラ」がその正面に想定されるためです。
 2ページ分を使った人物の正面顔どアップとかなら、視点の固定(=スクロール感の犠牲)が起こるのはなおさらでしょう。
(つまり、漫画を読む面白さというのは、ひとつの見開きの中に複数のカメラが存在していたり、カメラがスムーズに移動したりできることに支えられているわけです。)


 その意味では、大炎上さんが引用している『コミックギア』の見開きは、「効果音→人物」と空間が使い分けられている構図です。これならスクロール感は活かされていて、まだまだ動的な見開きの使い方をしていると言えます。

柴田ヨクサルの、独特な見開き活用術

 最近読んでいた漫画で、上記の「視点を固定させ、スクロール感を殺している」見開きの構図と対称的に感じたのが、柴田ヨクサルハチワンダイバー』のコマ割りです。

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 当時のヤンジャン(先週の50号。単行本未収録)から、該当するところを引用してみます。
 写真撮影は例によってみやもさんです。


(8−9ページ目)


(10−11ページ目)


 見開き2ページ分を上下分割させて、本の横幅いっぱいのスクロールを見開きで二回味わわせるというトリックが仕掛けられています。実際に雑誌を手に取って読んでみると、これは面白い。
 見開きの横幅をスクロールすることが漫画の快楽なのだとしたら、見開きを上下に分割したハチワンのコマ割りは、見開きひとつで「二度美味しい」わけです。
 ぼくがこの手法についてTwitterにつぶやいていると、こういう意見もいただきました。

inoken0315 @izumino ヤンマガの「喧嘩商売」なんかでもたまに使用されていますね。慣れていないと習慣的に右ページのみを先に読んでしまうんですけど。 link


 しかしハチワンの場合は、「中段の余白」をかなり広く空けることで「慣れていなくても上段だけ先に読めるようにし向けている」あたり、構図として洗練されてる感じですね。
 この「上下分割見開き」演出は、今週号のヤンジャンでもしっかり確認できるので、良かったら注目してみてください。


 また、大和田秀樹の「ビギニング・オブ・ザ・コスモス」なども、横幅を使って大きなスクロール感を出しているという意味では、うまい見開き演出だったと言えそうですね。

近代麻雀漫画生活:【ムダヅモ無き改革 襲来!!! バルチック艦隊 最終話】大和田秀樹





天地創世ビギニングオブザコスモス

まさかの4ページ見開き!

pixivの漫画投稿システムがダメな理由

 ここでようやく本題なのですが、ここまでくると結論は読めているのではと思います。
 そう、pixivの漫画投稿システムがダメな理由は、「漫画特有のスクロール感を削ぐ仕様になっているから」です。


 pixivのマンガビューアでは、一枚のページをクリックすると、同じ位置に次のページが現れる仕様で、この方式だと読者の視点が画面の正面に固定されることになってしまいます。


 「画集」のビューワとしてならこれでもいいのですが、これが漫画なら……、漫画という形式が持つ魅力を大幅に殺していることになります。
 漫画とは、「ひとコマ目から視線が入って、最後のコマから視線が抜け、そして次ページのひとコマ目からまた視線が入って……」という流動性によって「読む快楽」が生まれていくのですが、このpixivの閲覧方式では「ページ全体を正面からしか見ないようになる」からです。これではスクロール感が死ぬ。


 従来のWebコミックの伝統(特に、韓国のWebコミックに顕著)では、漫画をブラウジングさせるにあたって「延々とページを縦に並べる」のがベター、とされて広まりました。*1
 この形式は、pixivユーザーの多くが自主的に受け継いでいます。


 pixivでは、縦長の棒にしか見えないサムネイルに見覚えのある人も多いと思いますが、これは縦にページを並べて保存した結果なんですね。


 この方式だと、ページを左右に並べた見開き構図は使えなくなりますが、少なくとも「上から視線が入って、下から抜けていく」という「スクロール感」は充分に活かされることになります。


 しかし、pixivの公式システムは、この肝心なところを理解してくれていないみたいです。
 実際、現状のシステムではせいぜい、画集やマニュアル、いわゆる「差分絵」の投稿に適しているくらいで、長編漫画の投稿に向かない……だから投稿者も育たないだろう、という懸念があります。


 せめて、zipやPDFでアップした漫画原稿を、「一枚のWebページで縦に並べ直すサービス」であれば、よほど読みやすいもの、漫画のスタイルが活かされやすいものになっていたと思います。
 講談社Webサイトの『みかこさん』のような方式ですね。『みかこさん』では、スクロールバーでスクロールさせて読んでもいいし、画像の横のボタンをクリックして読み進めてもいいので、読者に親切。


 というわけで、pixivの漫画投稿システムは、今後なんとかなったらいいなあ、と思っています。


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*1:ページごとの切れ目がなくて、本当に延々とコマが下方向に展開していく例も珍しくない