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赤松健『魔法先生ネギま!』の読み方

izumino2004-09-24

 先日の続きです。
 バリバリのHラブコメ漫画と認識されがちなネギまを、漫画読みはどう読めばいいのか? ということを書いていきたいと思います。シリーズ化するかは未定ですが。
 まず第一に、「ネギま」を読むことは作家・赤松健を読むことに他ならないということを中心に説明します。
 そこで重要なのが、いくつかのインタビュー記事や本人の日記を横に置いて読むということなのですが、順に2002年(前半)の日記帳から見ていきましょう。『ラブひな』が終了し、「まおちゃん」の原作や結婚などと並行しながら次回作の企画を煮詰めていていた時期です。
 以下は2002年「2月28日」からの引用です。

−− 次回作についての考察 −−

さて、いよいよ3月からマガジン編集部で、私の「次回作」に関する
打ち合わせを始めることとなりました。
今後は、この「次回作」について、ゆっくり傾向と対策を考えてみたい
と思います。


★ まず、現時点で、私に有利な点がいくつかあります。
(これは、昔「AI止ま」の頃には無かったアドバンテージです)


(1)ヒット作の直後であるため、企画が非常に通りやすい状態である。

・編集部としても、「事象に対する予測(*1)」が立てやすいため、何の
 データも無い新人よりは、なるべく私の企画を通したくなる道理です。
(*1)例えば、「赤松が裸を描けば、どれくらい売れるか」などの予想
   がつくので、雑誌全体としての作戦が立てやすく安心できるとい
   うこと。(またこういうことを言うと、芸術家連中から怒られる〜(笑))


(2)自分のやりたいジャンルを押し通すチャンスである。

・ところが逆に言うと、こういう時期を除いては、自分のやりたい
 ジャンルに手を染めるチャンスはあり得ないとも言えます。
 今こそ、やりたいものをやり、描きたいものを描くべき。それで失敗
 しそうな感じだったら、それでようやく、得意技の「波動拳」を撃つ
 一手でしょう。(毎回波動拳を連発していると、飽きるし飽きられる)


(3)失敗しても、別に生活に困るわけではない。(^^;)

・退廃的な考え? いえ、私の考えでは、成功しやすいのは案外こういう
 リラックスした状態なのです。マージャンでもサッカーでも、勝ってい
 るときこそ「より普段の実力が出しやすい」わけで。
「漫画は自分の命だ!」と叫んで命がけで描いている人ほど、緊張のあまり
 作品がこわばっている傾向にあるのでございます。

 特に(2)に注目してください。
 ここでいう「波動拳」っていうのは赤松用語でいうところの「安定して出せる得意技」のことで、赤松さんの場合では勿論「ラブコメ」にあたります。
 この後、赤松さんは何種類かの企画アイディア*1を提出していたらしいのですが、編集会議を通ることは無く、結局「美少女いっぱいHラブコメ」を描くことになります。ここで初期目標であった「やりたいジャンルに手を染める」ことは断念されたかように思えました。
 ただし主人公が大学生だと『ラブひな』と同じなので、主人公は10歳の天才少年という変化が付けられ、このアイディアは編集部にも好意的に受け入れられることになります。


 さて、この10歳の天才少年という設定が曲者で、まずラブコメの主人公としては恋愛感情が成り立たず、漫画文法的に「ルール違反」になるわけです。
 そこで「ネギま」という漫画は、「一本筋の通った恋愛ストーリーを進める」のではなく「美少女をたくさん出しつつドラマ的な寄り道を多くする」という手法が取られています。
 これは逆にいえば「美少女さえ出しておけば(そして編集者のOKが取れれば)何でもできる」という意味であり、ネギまはその利点を最大限に利用して描かれてる所に独特の魅力があるわけです。


 単行本を順番に読んでいけば、1巻のキャラクター紹介の直後、スポーツ漫画に寄り道した「ドッチボール編」があり*2、2巻からファンタジーRPG路線の「図書館島編」があり、そしてまた「クラスメート編」に戻り、3巻ではもうバトル路線である「エヴァンジェリン編」が始まっていることが解ります。
 特にターニングポイントとなるのが「修学旅行編」におけるネギvsコタロー戦*3で、この回はアンケートの結果も良かったと思われるのですが、その後のネギまはアクションシーンを格段に増やし、堂々とバトル路線の解説シーンや特訓シーンを描写していくことになります。
 ここでは「読者の反応」を武器にした、編集者との手に汗握るせめぎ合いが見られるわけです。編集者の立場が強い(その一方、商業主義的でドラマ重視の編集方針であるため、形式からは自由な)マガジン漫画ならではの楽しみ方と言えるでしょう。


 しかしバトル漫画路線も読者の好みに左右されやすく、これもまた「寄り道」のひとつと認識した方がいいでしょう。ここでの作者の収穫は「より自由に描きたいものを描けるような環境が揃ってきた」ということですから、我々漫画読みもそのように読んでいくことになります。
 バトル漫画路線が「大いなる寄り道」だとするなら、『魔法先生ネギま!』が最終的に選ぼうとしている形式は何なのか? 「少年漫画の王道」か、それともライト・ファンタジー的な「少年の成長モノ」でしょうか。
 いや、実はそれも、「まだまだ軌道修正可能な地点にあり、基本的にはなんでもやれる」という事実がネギまに(作者にに)感心できるポイントなのです。
 また、読者を飽きさせないために奇手を講じているわけではなく、作品世界を壊さずに安定したエピソードを連投している制球力にこそ着目すべきでしょう。『ラブひな』は基本的にドタバタコメディであり、むしろ作品世界を破壊し続けることによって高いテンションとスケールの大きさを維持していたのですが、その点、ネギまの世界はこれだけ広がっても安定しているのです。これは第一話から「魔法のある世界である」「主人公は天才である」という予防線を打ち出していたお陰とも言えるでしょう。
 長くなりましたので、今回はここまで。


※)2時間目に続いてます。
※)ちなみに、脚注に書いてあるのは同人誌やアシスタントの手記からの引用や憶測であり、オフィシャルな情報ではありません。

*1:「(パトレイバーみたいな)車をテーマにした組織モノ」や「少年少女の冒険モノ」など

*2:これは多分、読者のウケが良かったらそのままスポーツ漫画になっていたんだと思う

*3:チーフアシに「ようやくアクションらしいアクションを作画することが出来て溜飲が下がった」とまで言わせたいわくつきのエピソード