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皇国の守護者と、視線の力学

 ↓のブログで、自分が名指しで引用されていたのが嬉しかったのでクリップ。知ったのはたまごまごごはんさんとこから

漫画である意味がある漫画梅ラボ

日本の漫画はだいたい右から左に読み進める。だから左向きの登場人物が左へ進んでいくと読み手も左に読み進んでいくからその人物に感情移入がしやすい、という漫画独自の表現特性がある。その逆に右向きの登場人物が右に進んでいくと読み手の進行方向と逆になるので心理的に圧されるような効果がある(これについては2006年一月号の「ユリイカ」の「漫画批評の最前線」特集内のp204「視線力学の基礎」でイズミノウユキさんが「魔法先生ネギま!」を例に詳しく書いている)。

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 梅ラボさんの記事では、続けて『皇国の守護者』のコマ割りが解説されてます。

読み手の進む右から左というベクトルに対して帝国軍は真っ向からぶつかってくる。対して皇国軍は読み手に同期して左へ一直線、両軍がぶつかり合う。かと思えば新城直衛が正義と偽善の狭間で狂気を起こして破竹の勢いで帝国を撃つシーンなどは読み手の方向の逆に迫ってくる時もあり、読者を圧迫させる。方向が、両軍の戦局に呼応するかのように右往左往する。これら戦闘シーンは濃密に両軍共に戦略が練られた上で勃発するのが常なのだが、戦略シーンでは小さめのコマと多めの文章で物語が語られていく割合が多いので(しかも割りと長い)、その分見開き戦闘シーンにおける両軍の迫力、方向の衝突の迫力が堰を切ったかのようにすさまじいものになりうるのだ。単行本、特に一巻や四巻の表紙絵もこの方向性を志向しているのではないかというのはかんぐりすぎだろうか。

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 ちなみに、漫画のキャラの方向性については板垣恵介が『大学漫画』Vol.2のインタビューでこういうことを言ってましたね。ご参考までに。

「僕の漫画は、格闘シーンが多いんですよ。たたいたり、蹴ったり、踏んだり。キャラクター同士が絡み合うわけだから、動きがわかりづらくなります。それをわかりやすくするためには、左右を入れ替えないということですよ。切り返しを使わない、ということ。左にいるなら左。右にいるなら右。読者の視線を混乱させるということは、読者に負担をかけるということですから。サービス業として負担をかけちゃいけないわけです」

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 メジャー路線を志向している板垣恵介らしいスタイルと言えますが、この「わかりやすさ」と「読みやすさ」の重視は、「かと思えば」「読み手の方向の逆に迫ってくる時もあり、読者を圧迫させる。方向が、両軍の戦局に呼応するかのように右往左往する」という『皇国の守護者』と対照的ですね。


 ちなみに福本伸行なども基本的に「左右を入れ替えない」わかりやすいコマ割りを徹底させている漫画家で、今ヤンマガで連載してる「カイジ」を読めばすぐ分かると思います*1。映画の「180度原則」*2にも通じる話ですが……。


 それと、「表紙絵もこの方向性を志向しているのではないかというのはかんぐりすぎだろうか」とのことですが、勘ぐりではなく仰る通りだろうと思います。「表紙(トビラ)を開く方向」からすれば、絵の動きを「物語(ページ)の進む方向」と一致させた方が自然ですからね。少なくとも「表紙の左側は、その向こうにスペースが開かれている」感覚を意識している筈です。*3
 ところで、日本の「漫画絵」を描く絵描きさんの多くは「左向きの顔」の方がなんでか描きやすかったりするのですが*4、その「絵を描くクセ」が「漫画の進行方向」と何故か一致する、というのも奇妙なもので、興味深いんですよね。*5

*1:敵側の心理が主観になって進むシーンでも、依然として敵が左側に描かれる、という徹底っぷりがかえって面白かったりします

*2:カットを変える時に、対面者同士を繋ぐラインの反対側にカメラを飛び越えさせない、つまりカメラの移動を180度未満に抑える原則のこと

*3:横スクロールするシューティングゲームの、「前には進めるけど後ろには進めない」感覚に近いというか

*4:自分もご多分も漏れずそうですが

*5:左向きが描きやすい、というのは「絵の練習をする時に左向きが多い」からなんですが、なぜ左向きに偏るのか? 利き手や利き目の問題なのか、それとも「そもそもマネして描くプロの絵に左向きが多いから」なのか良く分かってません。どうなんでしょうね?