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青年誌の中の少年漫画、ハチワンダイバー

 柴田ヨクサル信者なので、『ハチワンダイバー』(エアマスターが終わった後にヤンジャンに移籍して始まった将棋バトル漫画)はずっと注目しております。


 今週の話は、気持ちいいくらいに「論理をぶっとばして結論が先に導き出される」世界を描いてて、タイムリーに感動。
 ずばり↓の価値観ですね。

ようはね下記のような論理の逆転が起こるポイントなんだと思うんですよ。


(1)論理に正しいので、→勝つ



が逆転して、



(2)勝つから、→振り返ると論理的


つまりね、ここでいう「勝つ」というのは「何か目的を達成すること」と置き換えてて定義づけてみる。そして、ある目的があったとします。その目的が、達成できるかどうかの確率を考える時は、どう考えるかというと、「それが可能となる条件」と「不可能になる条件」を並べていって、実際問題できるかどうか?という道筋で考えます。


(中略)


つまりは、スケール勝ち、という現象は、時間軸の通常の流れ「現在」から「未来」ではなくて、「未来=到達視点」から「現在」を解釈し直してしまう思考様式の変換を迫る行為だと分析できます。


言い換えると、物語の主人公の中に、こうした因果を逆転させてしまうような、なんらかの「可能性の極限への到達の希望」を、主人公の周りのキャラクタターたちが「感染してしまう」、そしてそれを読んでいる読者が「感じ取ってしまう」現象が起きることを、スケール勝ちとも定義できるわけです。ここでいうスケール(規模の尺度)で勝つという表現は、尺度を全く異なるものへ変換してしまうということを納得させること、といっているわけです。

 青年誌の中で、「少年漫画的なイデオロギーの一番あぶらっこい所」を濃縮してぶつけられてる感じ。こういう感情の流れを描くのが、ヨクサルは抜群に上手いので。*1
 ヨクサルは、何描いても根っこがおんなじなんだなあ(笑)、ということがはっきりしてて安心です。


 ハチワンダイバーを読んでると、『トップをねらえ!』シリーズも一緒に語れますよね、って気になってきました。
 トップ2第三話の、「自分を信じることができない者に、バスターマシンは力を貸しません。あなたはどうしたいの?」はけだし名言で、この台詞をテンプレにするだけで大抵の少年漫画は語れますよ、と(それは言い過ぎ)。

*1:まぁここまで描ききった後でも「負ける可能性だってある」という辺りに青年誌的な要素が入っていますが