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赤松健『魔法先生ネギま!』16巻

 通常版は発売日に購入してました。限定版Amazon待ちです。


 この巻は、特にストーリー的な山場も区切りも設けられてないあたりなので、連載時より単行本で読んだ時の方がスッと読めますね(殆どのエピソードがシームレスに繋がってるので)。
 大きな山場が無い代わりに、ちょこまか動いてるキャラ達は可愛い、みたいな巻かな。キャラとして育って感じるのは夕映と千雨とパルとゆーなと……結構沢山動いてますよね。あといいんちょの衣装は露出度がおかしいです。流石いいんちょ、バカだ。


 それにしても、作中の葛藤の軸が「ネギの決断は正しいのか正しくないのか?」だけしかほぼ無い、っていうのは改めて見ると凄い(笑)。
 一応「勝つか負けるか?」「超をやっつけろ」の軸もあるにしろ、そっちの軸はそんなにテコ入れされてないように見えるので。*1
 主にやってるのは、思想戦なんですよね。っていうのは少年漫画らしからぬ独特な臭いがあって、行き着く先が気になる所です。
 論理的な着地点は大体想像が付きますけど、「大人が出す結論」と「子供が出す結論」は別モノでしょうしね。


 子供といえば、小太郎は三日目何やってるんでしょう。クライマックスで唐突に出てきて「お前を倒していいのは俺だけだ」をやってくれたら喝采しますが(笑)。


 最後に、作中の謎解きにひとつ参加しておくと、この世界の歴史改変は「一度タイムマシンで未来に行って、戻ってきた」時だけに行えるモノ、と解釈すると理屈は通りますね(ただ過去に戻るだけでは改変できない)。そうすると超の「1988年生まれ」というプロフィールも辻褄が合うという……。
 超の瞬間移動の原理も、これで説明付けることもできると思います。

魔法先生ネギま! 16 (16)魔法先生ネギま! 16 (16)
赤松 健

講談社 2006-10-17
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関連

 超鈴音編の本質が「思想戦」であることに基づいた一見解。
 ペトロニウスさんの予想が合ってるか合ってないかをヌキにして、今のネギまの話の流れはこういう問題に収束しようとしているんじゃないか、ということですね。



 で、思想戦以外の葛藤の要素(バトルの勝算など)についてはBlogのタイトルさんにお任せで。
 ちなみに、

うにゃ「でも別荘のメッセージは『また合おう諸君』だったじゃない?」

超は「私が世界を管理する」旨の発言をしてるので、普通の意味で「また会おう」と言ったんじゃないかと思います(テロ成功後も現代に居続けるっぽいので、ネギ達と会えなくなるわけではないっぽい)。


 限定版まだ入手してないのでフライングで中身を見ましたが……本当に凄いなカバー下(笑)。


 アニメ会ライブは自分も行ってきました。
 赤松さんは、会話の間や空気を掴むのがやたら上手いので、文字にするとたいしたことないことでも観客がワッと沸くんですよね、結構。
 ああいう話術はオーラの成せる業だなぁと思います。

*1:「超をやっつけろ」は、ネギを失いたくないクラスメイト視点の軸ですね。逆にネギは「クラスメイトを失うこと」はそんなに意識してなくて、「いいか悪いか」を基準にしてるように見えます(その上で、タカミチのような大人が「いいも悪いも無い」と諭すことで別の理念へと誘導している)