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色川武大『うらおもて人生録』

 読書中の色川武大うらおもて人生録』から言葉をスクラップ。

 具体的に何かする必要はないんだが、むしろ内在させてるだけの方がいいんだね。うんと小さいときに人を好きになって、そういう無償の行為に近いものをいったん肌で覚えておくのは無駄なことじゃないね。

 それよりなによりね、まずもって、人を本当に好きになるということが、どんな状態をさすのか、わからない場合があるんだ。自分の気持ちが測定できない。へんな話だけどもね。好きになる、ということも、経験を積んで、自分なりのセオリーを作っておく必要があるんだ。
 なるべく小さい頃に、男でも女でもいいから、誰かを好きになれるといいなァ。大人でもいいし、友達でもいい。自分より小さい者でもいいし、犬や猫や鳥でもいい。数が多いほどいい。親を、本当に好きになれればもちろんいい。昔は兄弟が多かったから、自然にいろいろな社会的感情が発達したんだけれども、今は一人か二人という場合が大部分だからね、条件がわるい。いろいろな感情が内にこもりがちで、表現の訓練ができにくいだろうね。だから、自分で心して、そういう場を作っていかないとね。

 でも、今の若い人はかわいそうだと思う。いろいろなかわいそうなところはあるんだけどね、こんなことでもそうなんだ。俺の小さい頃はとにかく自分のアイドルを自分で探せたし、それは自分だけのアイドルにしておけただろう。今は、テレビやなにかで共通のアイドルがどんどん配給されてきて、自分だけのアイドルにまで手がまわらないものなア。俺の父親が、よくいってたがね、昔は自分で玩具を造ったんだぞ、って。今、俺が似たようなことをいうようになっちゃった。

 大勢の人を好きになって、どういうトクがあるかというと、どうってことないんだな。好きになっちゃったから好きだというだけのことで、それで特に自分の人生が開けるわけのものでもないし、かといって馬鹿を見たというわけでもない。

 で、好いたからって何かいいことがあるわけじゃない。こういうことってのは速効性のあるものじゃないからね。ただ、さまざまな人のことが気にかかって、七面倒くさく胸の中にわだかまって、それで薬に中毒するように、もっと多くの人のことに関心を持ちたくなるんだ。人間じゃなくても、小動物が対象でもいい。ただし、自分より小さい生き物が相手の場合、ちゃんと好きになっているかどうか、もう少しいいかげんな気持ちが混入している場合があるけれどもね。小鳥を愛している、などといって、小鳥に対する自分勝手な気持ちを育てているケースも多いから、それはそれではっきりとわけないとね。

 自分の方が体が大きかったり、動きが自由だったり、言葉が発せられたりするから、自然に優位を感じる。ここのところは放っておいた方がいいんだな。すると、親しい対象よりも、自分が優位だったりすることが、なんだかむずがゆいような、ばつがわるいような感じが湧いて、そのへんの気持ちを納得させるために、なおもっと相手に近寄ろうとする。あるいは、こだわりなくつきあうための工夫をするようになる。
 まずたくさんの相手を好きになり、さまざまな角度からの自意識を産み、同時にそれらの物に対する自分の姿勢も造っていく。文化とは、これにつきるのです。
 ここができていると、もう少し大きくなってから、自分より大きなものに対した時、以前の図式を逆に使って自分より優位にあるものに対する自分流の姿勢が、おのずからできていく。

 だから自分で、一人で、そこのところを鍛えなくちゃならない。うんと幼いときからね。
 好きなもの、嫌いなものにどう対処していくか。優しさ、きびしさ、とはどういうことか。
 それが理くつじゃないんだ。身体の中に自然にたまってる知識なんだ。

 ぼくは結構、萌えとか、漫画とか、そういう諸々の趣味嗜好は「現実で何かを好きになるための予行練習」なんだと思っている所があって*1、そういう観点からしても何か通じる所の多いくだりでした。
 「具体的に何かする必要はないんだが、むしろ内在させてるだけの方がいいんだね」「だから、自分で心して、そういう場を作っていかないとね」というのは、曲解かもしれませんが「萌え」に近いことかもしれません。


 ネットではみなさん、色々と萌えとか、哲学にひっかけたり、オタクのコミュニケーション能力とかについて難しく論じてらっしゃいますけど、こういう、なんでもないような、泥臭いエッセイなんかからの方が、よっぽどタメになることを学べるよな、というのが自分の実感です。結局の所、理屈じゃない世界ですからね。
 例えば美輪明宏の『人生ノート』とか、悩むオタクの必読書だと思うんだけどな。ぼくがそう思ってるだけかもしれませんが。
 こういう人生訓的な話は、一度じっくりしてみたいんですけどね。

*1:他の人にとってはそうでないにせよ、少なくとも自分にとっては