ファンタジー小説における「ほんやくコンニャク問題」
転叫院(id:tenkyoin)さんとこの話題。
ファンタジー小説と聞いてぼくが思い起こすのは、国産ファンタジーブームにおける「種族・モンスターの設定」は非常にデータベース的だった、っていうことだったりします。
なぜか当時の「異世界ファンタジー」はエルフやドワーフ、ゴブリンやトロールといった種族名を出さなければいけないという「お約束」がありました。異世界であるにも関わらずそれらの生物を表す特徴や名称は大体共通していて、これも「ほんやくコンニャク問題」と似たミステリーと言えるかもしれません。
彼らの間では、「自分なりの細かい設定や解釈」を付け加えることが良しとされていました。具体的には「ゴブリンとホブゴブリンとコボルトとオークの違いをはっきり表現し分ける」「ドワーフの女性がヒゲを生やすかどうかを明確にする」といった具合にです。
これらのいわばオリジナルは、まずトールキン作品に求めることができますが、当時の若いファンタジーファンは研究熱心なものです。エルフの語源がアルファル、ドワーフの語源がドゥエルガル、くらいの「真のオリジナル」知識はすらすらとそらんじることができましたし、それらの知識をいかに活用できるか、忠実でいられるかを競う流れも(主にアマチュアの間で)ありました。
勿論そんな知識も無く、「データベース的に消費」していた人達が大半だったわけですが。
彼らがまったく別の異世界に、同じ名前(明らかにゲルマン語系の)と外見の生物が存在することに疑問を持たないでいられる、というのはなかなか奇妙な状況だったかもしれません。*1
エルフやドワーフは、まさにシミュラークルの条件を満たしています。
これらの国産ファンタジーの世界観が「巨大な引用の織物(テクスチュア)」であることを見抜いて最大限に利用したのが、友野詳の『ルナル・サーガ』ですね。
「どうせ元々パクりなんだ。オリジナルなんか無視していいんだ」ということに気付いたであろう友野は、既存のファンタジー世界を盛大にパクりまくった上で、まったくの別物に仕立て上げました。
エルフはネイティヴ・アメリカンそのものの「エルファ」になり、ドワーフは母系社会民族になり、トロールなんかは超絶美形になりました。トールキンがアリならラブクラフトもアリだろう? と言わんばかりにクトゥルフ神話クリーチャーも「(人間やドワーフと同列の)種族」として登録した発想は、凄まじい、としか言いようがありません。
逆に「ほんやくコンニャク問題」においては、「現実世界特有の慣用句」の使用をできる限り避け、「その世界特有の慣用句」の創造に熱心だったのも友野の特徴です。