『ふたりはプリキュア』第15話「メッチャ危ない家族旅行」
ザ・子安・ショー。
前回が嘘のように、ストレートに楽しめる回でした。うーんなるほど、暫くはこの調子で一話完結型のエピソードが続くと考えていいのかな。とか言ってるとまた予想を覆されそうだけど。
脚本が清水東さん(4、8、11話担当)なんですが、プリキュア的な要素をうまく盛り込んだ構成だったなと。
「なぎさ→ほのか」と比べた「志穂莉奈→ほのか」の温度差っぷりとか、「愛の力」の再度強調*1とか、さりげなく「力を合わせて」といったテーマ性のある台詞を混ぜ込む所とか。それに、バトルにおける肉体動作がちゃんと「力を合わせて」になっているのがニクい。母親ではなく父親が娘を心配する話、というのは第6話と対応しているようで面白いですし。
今まで描かれた世界観を、きちんと拾って反復させる、っていうのは必要な作業でしょう。堅実さが光っていました(今まではそういう所がおざなりだった印象があるので)。
そして来週はお蝶婦人……というかお姉さまの登場ですか。やっぱりスタッフは狙ってやってるのか。そっち方面の需要。
*1:しかしあのほのかのリアクションは妄想しろと言わんばかりだなあ
NHK教育『トップランナー』ゲスト:庵野秀明
エヴァに関してのコメントは8年前と変化無し。まぁ今更あえて語るつもりは無いんだろうなあ。
もう一度TVアニメを監督しないのか、という話になって「(今のアニメ業界の状況は)異常なんですよ。スタッフ集まんないですよ」と言っていたのが印象的でした。
スタッフアニメといって思い浮かぶのが……J2なんですが、J2のスタッフでもまだ物足りないということ? まぁ、2クールアニメをやりたいからなんでしょうけど。
何年後になるかは解りませんが、待ってます。
第15話に追記
一息で結論から言ってしまえば「愛情には色んな形もあるけど、どれも愛としては同じであって、ひとつの愛なんだよ」というテーマなんだろうなあと思う。
元々『ふたりはプリキュア』は、メップル・ミップル間の異性的(夫婦的)愛情と、プリキュア同士の同性間の愛情が「混同」される描写が繰り返されていて(特に第5話。参考→id:izumino:20040308#p2)、それがこの作品のテーマのひとつを形作っていると思います。
それを今回は、ほのか自身が意識的に反芻してますね(ここで「愛の力」という言葉が用いられる)。この回でメップルとミップルの食事シーンが夫婦然として仲睦まじく描かれているのも、この「混同」を踏まえれば丁寧な演出だと言えるでしょう。
そしてそのようにして描かれる「愛」の中へ、今回のシナリオは更に「家族愛」をも投げ込んでしまう。伝説における武者達にとって「一番大切なもの」は恋人としての異性なのですけど、そこに家族愛が重ねられます。父・岳にとって「一番大切なもの」は娘・なぎさなんですね。その所為か、ラストでなぎさは、父親相手とは思えないほど過剰な甘え方をして描かれます。なぎさの頭の中で、恋人を守って討ち死にする武者達と自分を心配してくれる父親は等式で結ばれるから。
id:bluefieldさんも感想で「これを恋愛譚ではなく家族譚にしてなぎさと父のエピソードに絡めてみせたら」と、異性愛と家族愛がごっちゃに描かれていることを指摘していて、すぎたさんも「素材が混ぜ損ね」で「いずれも個別に浮いてしまい纏まりの見えない」と、やはり「ごっちゃ」な部分を気にかけているようです。しかし逆に、(その個別の種類の愛情に対して)意図的な「混同」を何度も繰り返して描くのがスタッフの狙いなのではないか、とぼくは読むわけです。どうでしょうか。
まぁ、こういうユニセックスで近親姦的な「愛」がどういう意味を持ってどういう方向に向かうのかはまだ良く解らない……のですが。とりあえず、(思春期であろう)なぎさが疑似恋愛的に同級生や弟や父とイチャイチャしてる様子は観ていて楽しいと。*1
マシュマロ通信のシナリオ
もう一度誉めときます。
何がいいかというと、単純な「因果応報」の話になってない所なんですよね。
「ジャスミンちゃんは○○なことをしたから結果的に●●な結果になってしまいました」……っていう「いい/悪い行い」と「いい/悪い結果」の因果関係がまるっきり無い。だから説教臭さがしないし、ドラマとしてスマートなんですね。