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書評:ベストセラー小説の書き方

 書評って書くの苦手なんですよ。
 ……という書評コンプレックスを克服すべく、なんか書いてみます。ふつつか者ですが宜しくお願いします。

 70〜80年代に活躍したアメリカのベストセラー作家による「売れる一般小説の書き方」論。
 ここでいう「一般小説」っていうのは、「娯楽小説」「大衆小説」と読み替えていいでしょう。エンターテイメントですね。
 「作家たるもの、一般小説でヒットを目指せ。それを目指さぬ者は敗北者だ(意訳)」と言わんばかりのクーンツ先生が熱すぎます。

 意見を同じくする人たちだけを相手にものを書いて、二〇〇〇部売れたところで何の価値があろう。
 (中略)しばしば「商業作家」と軽視されている作家たちを弁護する議論を展開するとしよう。そもそも、「商業作家」ということばこそ、他人の作品をけなすことで自分の作品の価値を高めようというけちな作家たちがひねり出した、実にナンセンスなことばではないか。〈p.26-27〉

 一貫してこの論調ですから、様々なレトリックを駆使して「売れたもんが名作なのだ」という持論を正当化しつつ、具体的には(最も新人が挑戦しやすく、尚かつ成功しやすい一般小説のテーマである)「ヒーロー小説」のセオリー解説を通し、読者に「売れる為に注意すべきこと」という薫陶を授けていくのがこの本の主旨となります。
 基本的には自己正当化、自慢話、お説教に終始する本書ですが、ここまで言い切れるのですから、その言葉にも相応の重みがあろうというものです。

 ドストエフスキーには一目おきたまえ。ロシア文学界は彼を、新聞に連載小説を書くようなくだらない商業作家と決めつけ、才能もないくせに、金になれば精力的にものを書くやからと冷たくあしらった。しかし、五万人ものひとが、モスクワでの彼の葬儀に参列した事実を見れば、大衆が彼を支持していたことは明らかだ。そして、今日では彼の評価はきわめて高い。 〈p.32〉

 次のことを肝に銘じておいてほしい。自分の喜びのためにものを書くときは(常にそうあるべきなのだが)一個人を満足させるために書いていることになり、読者を楽しませるために書くときは、多数のひとを満足させるために書いていることになる。ところが、学者たちを相手に書いているときは、制度を満足させるために書いていることになり、学説上のガイドラインを守るべくせっせと制作していることになる。そういう作品に、すぐれたベストセラーの持つ生命力や喜びや価値があろうはずがない。 〈p.33〉

 クーンツ先生の目的意識は「大ヒット作」の中にあり、

 たしかにテーマの統一は、よい小説の必要条件のひとつにちがいない。が、それが第一の目的になってしまっては、作家は小説ではなくて、エッセイか説教を書けばよいことになる。〈p.78〉

……というようなことも書いていますが、その内面は意外と芸術志向です。文中にも良く「芸術の創造」だとか「意味深い真実」というフレーズが(テレも無く)登場し、商業主義を嘯いて芸術性をないがしろにしていないことが分かります。「商業を突き抜けて芸術に至れ」とでも表現できそうな、一種求道者的な趣すら感じさせます。カッコイイです。
 ツンデレ的に言えば、「売れなきゃダメだ」と言ってる部分がクーンツ先生の「ツン」、芸術性を云々している部分が「デレ」、みたいな感じ。割合的には7:3〜8:2の具合です。


 また、あくまで「小ヒットではなく大ヒットを目指せ」という姿勢でもあるので、目先の小金を拾うような出版社の行為(ヒット作の後追いや、話題性のみの粗製濫造など)には「利益のむさぼりパターン」と称して厳しく批判しています。ここらへんは潔癖すぎると言っていいくらいでしょう。
 おそらく教訓としては、「売れればいい」ではなく「もの凄く売れなければダメだ」というのがクーンツ先生の言いたいことであって、単なる拝金主義者と、ベストセラー作家との違いがそこにあるようにも思えてきます。現代でも多いですねえ、「何もしないでも売れるから」という理由でコンテンツ(=中身)のクオリティを高めようとしない企業は。
 結果だけ見ると、「儲けを追求しつづける人間ほど潔癖で志が高く」、「儲けを追求できない人間の方が金に汚い」という逆説が見えてきて面白いものです(極論ですが)。
 クーンツ先生自身も、新人時代こそ、いわゆる「見込み収入」が狙える簡単な仕事で食い扶持を稼いでいたようですが、作家的な暗黒時代としてその過去を振り返っているフシがあります。


 というわけで、メジャー志向の人には楽しく読める本でしょう。逆に、商業主義フォビアな人にとっても、見識を広める意味でオススメかもしれません。
 また前述したように、本書は「ヒーロー小説」のセオリー解説が中心的なテーマになっているのですが、これは実践的な意味もあってタメになると思います。エンターテイメントの王道、直球に関する作法であって、現代でそのまま通用する理論ではないでしょうが、重要な基礎に含まれる部分だとも思います。

ベストセラー小説の書き方ベストセラー小説の書き方
ディーン・R. クーンツ Dean R. Koontz 大出 健

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 最後に私見を付け加えておくと、「大ヒット作」と「二〇〇〇部売れる作品」は、創作界の両輪だと思います。互いに不可欠な、相互補助の関係にあるものでしょう。


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