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 移行後のはてなブログ:izumino’s note

「ユリイカ2006年1月号」拙稿における映画/漫画用語の混乱の問題

※ネットでの呼び名は、「いずみの」と「イズミ」のどちらでも結構です。

 伊藤剛さんからもわざわざメールでお報せ頂いたのですが、拙稿「視線力学の基礎」において、映画用語と漫画用語の混乱/混同があるというご指摘を、同じユリイカ1月号の執筆者でもある鷲谷花(id:hanak53)さんから頂きました(映画史が専門の方だそうです)。
 「切り返し」という用語の意味が、映画と漫画では異なるのに、混同して記述してしまっていた……ようです。
 「この記事は映画論ではなく、あくまで漫画論だから……」という油断が生んだツメの甘さだったと思います。

しかし、「切り返し」=「クロス・カッティング」(たとえばボードウェル『映画の様式』の日本語訳版)という説明なども流布しているようで、最も基本的な映画用語のひとつであるにもかかわらず、日本語としての意味や用法にかなりの混乱があるのがそもそもの問題なのか、という気も。

 ……と鷲谷花さんも仰っているように、映画用語の「切り返し」は、リヴァース・ショットの意味だったり、カットバックやクロスカッティングそのものを意味することもあれば、「被写体の反対側から撮影したショット」(※この意味だと、被写体が二人以上の場合は自然とラインを破ることになる)を指すこともあるようで、しかしどの道でも、不用意な文脈で用いていい用語ではなかったと思います。
 ともかく、読者の皆様にお詫びするとともに、下記のように訂正させていただきます。

この「イマジナリーラインを破る」演出は「切り返し」と呼ばれ、

 p220で、こう記述されている箇所は、

この「イマジナリーラインを破る」演出は(漫画用語においては)「切り返し」と呼ばれるのだが

と読み替えて頂けると幸いです。より誠実に訂正するなら、以下のように段落全体を書き替えるべきだと思います。

この「イマジナリーラインを破る」演出は、特別な演出意図があるケース以外では使用を控える傾向が映画界/アニメ界にはある。
 が、この演出は漫画界においては「切り返し」という別の用語でも呼ばれており(映画界で用いられる「切り返し」とは用法が異なるので注意)、映画よりも比較的多く使用されるのだ。

 コメント欄で伊藤剛さんも言及しておられますが、こういった「切り返し」の用法は漫画業界特有のものであるらしく、ぼく自身も漫画の技法書の中で発見して憶えた言葉です。

 日本の映画界では、カットバック時にイマジナリーラインをまたぐことを「どんでん」と呼ぶそうですが、こちらは漫画界では殆ど見掛けません(個の現場レベルでは多用されている可能性が高いですが)。
 ……うーん、漫画研究者の間では、今後「どんでん」と「切り返し」のどちらを使っていくべきか、というのも頭を悩ませる問題になるでしょうね。

  • 余談

 なぜあえて、映画用語であるイマジナリーラインに言及したかというと、日本の漫画家の中には「漫画でもイマジナリーラインは守らなければならない」と律儀に考えている人がどうも多いらしいというのがあって、「どんでん演出」の多用を前提にした拙稿(p210,p216の引用画像でも平気でやっている)では、そういった方達からの疑問やツッコミを受ける可能性があると思い、それに対する予防線として映画と漫画の比較をやっておく必要があったということです。
 日本の漫画家がイマジナリーラインを意識するようになった経緯としては、映画から直接学んだ人も居るでしょうが、若い世代ですと富野由悠季の書いた『映像の原則』に影響を受けている人が多いような気もします(アニメファンに「イマジナリーライン」という映画用語を広く流布させたのはこの本かもしれません)。


 ちなみに『映像の原則』では「右→左」「左→右」の動きの描き分けなどにも言及されていて、視線力学との共通項目もいくつか発見できるのですが、ぼく自身は「漫画とアニメは別物」と考えてますから、両者の類似性はあまり重要視していません。*1
 しかし、人間の眼球運動っていうのは「右→左」の方が「左→右」よりもスムーズに楽に動かせる(「上目遣い」の方が「下を見る」よりも楽に運動できるようなもの?)ような気も最近はしていて、そこは「人間の体のつくり」から考えられる問題なのかもしれません。
 いわゆる「利き目」が逆の人や、乱視の人だとどうなんだろう? とか、学術的な実験調査が必要なレベルの話ですが。どこか研究してないんでしょうか?

*1:そもそも富野監督の言うことは感性的すぎるので……