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中野晴行『マンガ産業論』

世界的にも注目を集める日本のマンガ産業。マンガはなぜ急成長したのか? そして今起こりつつある危機とは? 貸本から週刊漫画誌、TVアニメへと社会の中で大きく伸張したマンガ産業の歴史を振り返り、今後を展望する。

 読了。
 面白い本です。人に勧めたくなります。特に、マンガやアニメを「人気」だとか「商業主義」だとか「売れる/売れない」といった言葉で(善につけ、悪しきにつけ)つい語ってしまう人達向けですね。それに、漫画編集者さんや書店員さんは言うまでもなく必携の書なんじゃないでしょうか。
 ぼくなんかにとっても初めて得られる視点が多いのですが、二十歳前後の若い人達にこそ読んで欲しい本だなあと感じます。あやしいオタク史の本を何冊も読むよりも、しっかりした知識と認識が得られると思いますよ。経済学の難しい用語を使ってるわけじゃないから読みやすい方ですし。
 何より、「自分が生まれる前からマンガ(アニメ)という商売があったんだ」という歴史が、作品名の羅列などではなく実感として理解できる点が大きいでしょう。


 個人的に面白いと思ったのは、産業という面から観て「虫プロ」の手塚治虫に悪い評価を与えていない所。アニメファンにとって手塚治虫という人物は「自己満足のアニメを作る為に超低予算で制作を引き受け、後のアニメ業界の低予算化を引き起こした張本人」みたいなイメージで語られがちなのですが、それが日本で初めて「メディアミックス」「アニメキャラクターの版権化」「海賊版の徹底取り締まり」──つまり積極的な「マーチャンダイジング」を行って成功させた人だと知ってびっくりしたんですよ。
 しかもそれが場当たり的に成功してきたんじゃなくて、アニメを作る前から組織的に計画していたことらしい。あぁ、やっぱ手塚治虫は偉大なんだなあ。*1


 ただ(前半の「なぜマンガがこんなに売れたのか」の段に比べて)後半の「なぜ今のマンガが売れなくなったのか」の段になると、漫画業界が「滅ぶ」だの「危機」だのといった曖昧な表現が増えてきて、具体的な説明が少なくなってしまうのが減点ですね。危機感を煽るのはいいから、もっと詳しく「なぜ売れていたものが売れなくなったのか」の部分を説明してほしかった所です。これは単に、脱稿を焦った著者が急いで後半を書き上げたからかもしれませんが……。*2


 それでもこの本の価値は充分に高いと思います。貸本・赤本時代の流通形態の解説から始まり、ベビーブーマーの成長と同期した世代別雑誌の成立過程、TVアニメが果たした役割、作品を二次使用する意味、ミリオン雑誌編集部と購読者の認識ズレなど、読み所は満載です。

4480873465マンガ産業論
中野 晴行

筑摩書房 2004-07-10
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*1:責められるべきは、このシステムの破綻が見えた後でもそれを継続させようとしたことだろうけど

*2:逆に、前半部分は数年がかりの取材の蓄積で書かれているからこそ面白いのだとも言える