小田切博『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』レビュー
戦争はいかに「マンガ」を変えるか―アメリカンコミックスの変貌 小田切 博 NTT出版 2007-03 売り上げランキング : 8163 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
最初の……数ページだけを読むだけでもドキドキするほど面白い本でした。
頭の中の規定概念がグシャグシャ壊されて、再構成されていく音が聞こえてきそうなくらいの、新鮮な知見の連続。
海外コミックスに関する知識が、どんなレベルにある人だろうと読む価値のある本でしょう。
エロマンガ・スタディーズ―「快楽装置」としての漫画入門 永山 薫 イーストプレス 2006-11 売り上げランキング : 3065 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
例えば、エロ漫画を良く知らない人が『エロマンガ・スタディーズ』を読む時も似たような感覚になるのでしょうが、「ある程度の先入観を持ってはいるけど良く知らない世界」を知る……という時は、まるで異国に旅をしているような感覚がありますね。
この場合は、まさに「異国の文化」なわけですけども、読むにつれ、凄い頭がリフレッシュされて気持ちがいいです。現実の旅行で気分がリフレッシュされるのと似たような効用でしょう。
素晴らしい。
読後の所感
しかし良い所ばかりでもなくて、まず言えることは、書名の付け方で損をしている本だということ。
メインタイトルから「アメコミのことがわかる雑学本」という側面が見えてこないのは勿体無いですね。
著書は「雑学本」として読まれることに対してはちょっと退け腰なようで、あとがきでも「これはアメコミのガイドブックかというとそうでもない」みたいな「資料性に対する自信の無さ」を表明していますが、もっと強気なポーズでいいでしょう。それだけのことを書いている筈です。
確かに専門的に見た場合、どこかにスキがあるのかもしれないし、あまり断言したくないという著者の心理は理解できますが……。この本って、新書コーナーで一般教養書と一緒に並んでいても遜色の無い内容だと思います(新書らしいタイトルを付けるとするなら、『アメコミの発展とアメリカ人』もしくは『アメコミとアメリカ文化』って感じの、いかにもな書名でOK)。
この本は、「戦争からの視点で漫画を批評する」という側面と同じくらいに「あ〜、アメリカにはこういう漫画があって、だからアメリカ人はあんな考え方するのか」というような、国民性への理解が深まる側面も大きいですから、うまくすれば一般書籍としても売れる内容じゃないかな? と。
それでも、著者が『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』という書名を選んだ理由は一応明確であって、著者の「主張」が書名に込められていることは理解できます。
しかし、その「主張」を要約すると
「漫画は、社会のイデオロギー(特に戦争)とはコミットするべきでない」
……ということになるのでしょうが、その「主張」はそれほど強調しなくてもいいポイントであって、書籍としては「雑学」をメインに、「主張」をサブに落とし込んだ方が良かったように思えます。
あくまで「漫画批評」というフィールドの中に位置することを意識した結果、この「主張」を前面化させているのでしょうが……。
まずこの本では、「漫画は漫画としてしか存在しない」という日本的な感覚(p148参照)と対置させる形で、「アメリカの漫画は単なる漫画として流通しないものが多く、大抵は別のメディアや、他の文化のサブカテゴリとして存在する」というような文化的特徴が解説されます。
そして近頃、(アメリカのように)「戦争とリンクした作品を無批判に送りだそうとしている」日本の漫画産業を危惧して締めくくられるのですが、それはただ危惧するようなものではなくて、そういう状況の方にこそむしろ意味があるような気もするわけです。
終章では「漫画は単なる娯楽であった方がいい」と結論されていて、まぁそれ自体は賛同するのですが、「全ての漫画」がそれだけで完結してしまえば結局、漫画という文化(カルチャー)が「漫画好きや漫画読みしか触れなくなる」ような可能性を肯定することに繋がるような気もします。
なんだかんだいって社会的アプローチ(極端な例では『マンガ嫌韓流』的な)でない限り「漫画を読まない人」ってのは居るでしょうから。
娯楽っていうものは、「社会とのリンク」「社会との接点」が失われた場合、文化としてはまぁ「健全に保護」されるでしょうけども、しまいには伝統芸能化して、「趣味人の嗜み」以上のものにならない恐れもあるわけで。だからそのくらいなら、社会とリンクした漫画が多くたって構わないのではないか、という考えも浮かびます。
それこそ、漫画が読者に届くきっかけとして「古き少年マガジン」イズムみたいな社会性(今のマガジンにも残滓はありますが……)も、適度に必要なんじゃないでしょうか。
特定のイデオロギーにコミットしてる漫画があれば、それに対抗するイデオロギーの漫画があればいいだろうし……ってうーん、そんなに単純な問題でもないのでしょうが。ぼくがアメリカの実態に直面していないから、著者よりも危機感を薄く感じているだけなのかもしれませんね。
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ちなみに、『戦争はいかに「マンガ」を変えるか』だけでも非常にタメになるのですが、アメコミの発展過程を良く知る為には、日本漫画の発展過程と比較しておく必要があります。
是非『マンガ産業論』とセットにして読むことをオススメします。もっと面白い視点が見えてくる筈です。