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 移行後のはてなブログ:izumino’s note

おかざき真里『セックスのあと男の子の汗はハチミツのにおいがする』

 こういうタイトルですが、中身は女性と女性の関係を重視した内容なので実は百合好きの人にオススメの作品……っていうよりむしろ「恋愛」を期待して読む読者にとっては地雷本かもしれない。割と露骨な男性嫌悪が描かれているので読んでションボリする向きも多いのでは。自分は前情報もあったので、普通に読めましたけど。
 オムニバスなんですが、全体に流れる作者の感情を言い表すとすれば


一部の女性にとっては、自分に男が出来たり友達に男が出来たりすることは「贈与や獲得」ではなく「剥奪や喪失」でしかないこともあるんだ


と、そんな感覚を伝えているように自分には読めました。
 ええと、これはぼくが女性作家の作品を読む時に気を付けていることなんですが、「作品を読んで解るのはその作品の作者の言いたいことだけだ」ということ。だから、上記のような感覚が女性一般の心理に当て嵌まるのかはぼくは知らない。でも多分、作者は誰かに通じると思って創作するのだろうし、実際通じて共感した読者も存在するからこの本が出版されているのだろう。少女漫画なんかに描かれている女性心理、というのはそういうものだと考えています。


 さて、そういう防衛線を張った上で私見
 こういう女性心理って、自分がイメージしていた紺野キタの女性観に結構近いな、と感じたんですよ。紺野キタは一般的に「少女のファンタジー」を描いているように思われている作家ですが、(「ひみつの階段」も含めて)意外と女性心理の本音の部分も描いているんじゃないかな、と以前から考えていました。その部分に、この『セックスのあと男の子の汗はハチミツのにおいがする』*1は少し重なっているように思えたわけです。
 例えば『ひみつのドミトリー 乙女は祈る』収録の「森をぬける道」では男性との恋愛を「剥奪」として捉えている箇所が出てきますし、『ひみつの階段』の裏テーマが「大人になることや結婚による喪失*2」であることも指摘できるでしょう。だから『セックスのあと〜』を、あー、うんうんと頷きながら読んだ部分もあったのでした。
 もちろんぼくは女性じゃないから「共感」という読み方をしないのだけど、人が持ってるビジョンを眺めて楽しむことはできる。面白かったですよ。

  • おまけ

 話は飛びますが、一部の男性にとっても女性との恋愛は剥奪であるとして長らく認識されてきました。そういう不満を男が主張(自己正当化)する作品ってのは昔から多いでしょう。「独身貴族」という言葉が男性にはあって女性には無いのも、そういう歴史があるからですしね。男女の言い分の違いを比べていくと色々出てきそうですな。

  • おまけ2

 更に話はマリみてに飛ぶんですが、あの世界でおかざき真里の描く女性像に一番近いのは祥子なのだけど、そういう彼女に向かって「君からは何も『剥奪』するわけじゃないから婚約だけしよう」と考えることのできた柏木は人を大事にできるタイプだと思うし本質的には優しい男なのだなあとぼくは擁護したくなる。実際は言い出すタイミングが早すぎるのと、人の心が読めなさすぎたおかげで大失敗しているのだけど。
 マリみてが面白いのは、そういう男側の心理もなぜかちゃんと描けているから、なんだよな。ん? ひょっとしてそう思ってるのはぼくだけ? 変?*3

  • 本当の追記

 今キーワードから辿って初めて作者本人のHPを覗いてみた。
 へー、多角的に仕事してる人なんですね。って、あー! ラブコンプレックスで絵描いてた人だったのかー! ラブコン好きだったから覚えてますよ。意外な所で再会するもんだなあ。

*1:しかしわざわざこのタイトルを表題にしたのは理由があるのかなー。異性愛をイメージさせないと売れにくかったりするからか。なんだかんだ言って百合は「売れないジャンル」だろうし

*2:紺野キタの場合おかざき真里よりもう少し前向きで、喪失は「思い出す」ことで回復できるというビジョンで描かれている

*3:弟キャラとしての祐麒や同性愛者としての柏木は勿論「そんなやつぁいねえ」な設定なんだけど、男としての柏木の態度にはかなり共感できるのだった