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アイディアはストックが尽きてから本番/『ジョジョの奇妙な冒険』第3部エジプト編

 先日、友達とご飯食べながら


ジョジョのスタンドの着想は、もともとは既存の超能力描写の視覚化であって、だから初期はテレキネシス(念動)やパイロキネシス(発火能力)や念写など超能力そのものをスタンド化したものが多かったが、意外とテレポート(瞬間移動)がなかった」


……という話をしていたのですが、アニメ第36話(「ホル・ホースボインゴ その1」)でDIOが瞬間移動っぽい動きをしていたシーンを視聴し、「あぁ、そういえばこの時点ではザ・ワールドをテレポート能力にする腹案もあったのかなあ?」と思わなくもありませんでした。


 ネタを知っている読者からすれば、この回の瞬間移動や、ポルナレフの階段下がりなどは「テレポート能力だと勘違いさせるミスリードとして認識されそうですが、これ作者自身もいつの時点からザ・ワールドの能力をアレに確定させたのか、よく分からないんですよね。
 実際、「ザ・ワールド=テレポート能力」というつもりで描いていた時期もあったのかも……。


 ちなみに先述したジョジョのスタンドの着想は、もともとは既存の超能力描写の視覚化だった」という前提は、『JoJo6251』掲載の荒木飛呂彦インタビューなどで参照できます。
 こうした自己言及から考えると、超能力としてのテレポーテーションをスタンド化しよう、という発想が出てくるのも自然な成り行きだったはずです。

「スタンド」とか「波紋」の発想の原点にあるのは、いわゆる「超能力」というものに対する疑問からなんです。その存在自体は半信半疑なんだけど「念じるだけでものが動く」ってのが、なんか卑怯な感じがするんですよ。UFOでも幽霊でもそうだけど「見た」って言うだけじゃなくて、嘘でもいいから証拠を見せてくれ、と…。裏づけというか説得力というか、そういうものが欲しかったんです。「ムッ」と念じるだけで物がバーンと割れるんじゃなくて、他人には見えないんだけど実際に何かが出てきて、そいつが物を割ってくれる、みたいな。だからスタンドは、超能力を説明するための手段、エセ説得力なんですよ(笑)。
(『JoJo6251』p166)

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 ここで想定されている「ムッと念じるだけで物がバーンと割れる」という描写は、名前こそ出てきませんが大友克洋童夢』などの超能力表現を指しているのでしょう。


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 『童夢』の連載が1980年から1981年。ジョジョ第3部の構想をしていたはずの第2部連載時期が1987年から1989年です。
 なお、『童夢』は逆に、「超能力を見えない力として描いた」表現力こそが評価される作品でした。オーラや稲妻みたいな攻撃をしなかった点が「超能力マンガ」として新しかったわけですが、荒木飛呂彦はさらにもう一捻りがほしいと考えたわけですね。


 参考までに、第3部序盤のスタンドで超能力モチーフらしいものを簡単に列挙してみます。

  • スタープラチナテレキネシス(念動力)
    • 最初はシンプルに「遠くから物を持ってくる能力」で、荒木飛呂彦の「実際に何かが出てきて、そいつが物を割ってくれる、みたいな」というインスピレーションが素直に表現されている
    • スタンド発現初期の「本人の意思と関係なく物を動かす」という点では、ポルターガイスト(騒霊)に近いとも言える。悪霊と呼ばれているし
  • ハーミットパープル:ソートグラフィー(念写)
    • メインの能力は「念写」そのものだが、応用として「ダウジング」のような便利な使われ方もする


 ただし序盤のスタンドでいきなり異様を呈しているのが「ハイエロファントグリーン」と「シルバーチャリオッツ」。
 ハイエロファントは紐状になれるのが「能力」なのか、エネルギー波を放てられるのが能力なのか判然としないし、チャリオッツは剣と甲冑を装備してること以外の「能力」がよくわからない。
 つまり、この時点では「スタンド能力」と呼ばれる「一人一能力のルール」もあまり拘束力がなく、ハイエロファントやチャリオッツは「スタンドの形が決まっていて、形自体が能力となるスタンド」という趣があります。


 能力よりも「形」が優先されているのが、タワー・オブ・グレー、ダークブルームーン、ホウィール・オブ・フォーチュン、ラバーズあたりの敵スタンドで、殺人昆虫、半魚人、殺人自動車、超小型といった形状。
 スタンド攻撃は能力というより、その形を応用して物理攻撃に変えている(フォーチュンのガソリン弾丸など)側面が強い。


 それとは別に、ストレングス、エボニーデビルイエローテンパランス、エンプレスなどは幽霊船(?)、呪いの人形、スライム、人面疽など、ホラー映画のモンスターをそのまま戦わせているようなもので、オカルトやホラーからインスパイアされているという点では「超能力のスタンド化」と通じる発想かもしれません。
 以後のスタンドほどには「いかにもスタンド能力という特殊能力を持っている感じはあまりしなくて、「スタンドを着て戦う」というテンパランスに自由な発想を感じるくらいでしょうか。


 さらにスタンドが増えていくと、「銃のスタンド」エンペラーや、「光のスタンド」ハングドマンあたりが登場し、このあたりから「いかにもスタンド」感が増してくるとは思えないでしょうか。
 特にエンペラーは能力自体はシンプルでも、「まさか武器の形のスタンドでもアリなのか」といった想定外のカッコよさや、ルールの隙間を突くような発想に「スタンドっぽさ」がある気がします。
 太陽型スタンドのサンなども、「何か今までにないスタンドはできないか」という発想の穴からひねり出してきたような感じがして面白い。


 ところで最初の構想では、第3部のスタンドはタロットカードの22体で済ます予定だったことも語られています。それが足りなくなって、エジプト編では「エジプト9栄神」を後から考えるようになったと。

第3部でタロットカードと結びつけたのは、スタンドの個性を作っていきたかったから。タロット22枚分もスタンドが描けると思ったんですが、足りませんでしたね(笑)。第3部開始時でスタンドのアイディアは漠然とだけど15体、
(『JoJo6251』p166)


 そして最後のタロットカード(ザ・ワールドを除く)、ザ・フールもエジプト編から参戦します。
 「砂のスタンド」ザ・フール、「水のスタンド」ゲブ神、「氷のスタンド」ホルス神などは、シンプルかつ、「いかにも能力バトルの能力っぽい」と思わせる魅力があります。
 自然現象を司るという点ではマジシャンズレッドと同系統なのですが、パイロキネシスという超能力がすでに存在するマジシャンズレッドに対し、この3体は少年漫画だから生まれた、漫画らしいアイディアだとは感じませんか。


 ただ、9栄神シリーズの中でもトト神とクヌム神の場合、プレコグニト(予知能力)やモーフィング(変身能力)……と、超能力に置き換えやすい能力になっていました。
 一方でザ・ワールドと並び、ダントツにスタンド能力っぽいと思うのが「磁力のスタンド」バステト神と、「空間を削るスタンド」クリームでしょう。


 ここで「スタンド能力っぽい」と分類している基準は、曖昧っちゃ曖昧なのですが、序盤のタロットカード・シリーズよりも、エジプト9栄神シリーズの方が、後の第4部や第5部で描かれる「スタンド」のイメージに通じているのは確かだと思います。


 そして、9栄神シリーズを乗り越えて、満を持して描かれた「ザ・ワールド」の「能力」は、瞬間移動でもなく「アレ」になる。他のどんなスタンド能力よりも、スタンド能力っぽさを象徴しているようなアレに。


 優れたアイディアの出し方として、このジョジョの実例が興味深いのは、「アイディアはストックが尽きてから、限界を超えて絞りだしたものからが本番」と言われる話をまさに体現しているなあ……と感じる点なんですね。