『AKB0048』の3話までの諸々
別冊spoon. vol.18 表紙巻頭:秦 佐和子×エミリーテンプルキュート撮りおろし岩田華怜、仲谷明香、佐藤亜美菜、 河森正治総監督ら総登場の「AKB0048」放送開始記念総力特集号 62484‐33 (カドカワムック 429) 著訳編者表示なし プレビジョン 2012-04-28 売り上げランキング : 7417 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
↑のようなまとめも作っていた時期の感想です。
佐藤亜美菜について
気付かない人が多いと思いますが、『坂道のアポロン』に出ている、主人公にピアノの演奏をねだった意地悪そうな女の子の声は、『AKB0048』で黄色ツインテの役をやってる佐藤亜美菜さん。
0048の企画以前から、『森田さんは無口』などで声優活動を始めてた子ですね。
事務所は舞台製作系の会社のアトリエ・ダンカン。0048以外の仕事では「佐藤亜美菜(AKB48)」というクレジットではなく「佐藤亜美菜」とだけ表記されるので、普通に事務所を通じてオーディションを受けまくる、という声優活動を頑張っておられるんだろうと思います。
たぶん声優として活動することと、タイアップで声優することの違いは、所属事務所にオーディションの案内が来るかどうかの違いという気も。
第2話について
かなり面白いんじゃないだろうか。「現実に存在するもの」がアニメで描かれるむずがゆさ(プリキュアに出てくるお笑いタレント的な)があるはずなんですが、その「むずがゆさ」が妙なテンションに置き換えられてる感じがします。
どちらというと、ハードSFの未来モノに、(架空の実在しない組織ではなく)リアル日本の天皇家やリアルアメリカの第◯代大統領を出す手法に近いわけですが。
例えば、架空のヤクザではなく実在の暴力団がサテライトとタイアップして、未来の幹部候補生のSFアニメを作ったとしたら、そりゃハラハラするだろうなぁ、みたいな感覚。
未来のアイドル観の共有されてなさについて
まゆゆ声の子(園智恵理)が、グループアイドルの実態をまったく把握してない(助け合いをしない弱肉強食社会だと勘違いしてる)のは、あの世界ではアイドル評論や「垂れ流しのアイドル像」が宇宙全体で共有されてないからなのかも。
今のAKBメンバーというのは、メディアが提供する「オン」の姿以上に、ブログやSNSで自己発信している「垂れ流しのオフ」がアイドル像を作り出しがちなのですが、その「垂れ流しのオフ」を眺めていれば智恵理も実態を勘違いしなかったはずで、芸能禁止されている地域によって情報格差が激しいのか、そもそも0048のメンバーはあんまりメディアの裏側を出さないようにしているのか……、のどちらかなんでしょう。
個人的には、襲名制という「自分のキャラを縛り付けられる」制度の中で、メンバーは自分のリアルを垂れ流しできるのかどうか? っていうことが気になってます。
血の流れる表現について
AKBと戦争のイメージを絡めるのは今に始まった話じゃなくて、本家のPVでは何度も繰り返されていて、樋口真嗣が撮った最新シングルのPVにもそれは良く表れてますね。
でもまぁ、ファンからすると「戦いのイメージ」は強調されすぎると醒めるし、繰り返されているぶん「見飽きた」面もありそうなのですが。
「フライング・ゲット」の香港ノワール風PVといい、戦争映画調に構成されたドキュメンタリー映画といい、「AKB=戦い」は手垢のついたイメージと言えるかもしれません。
逆に言えばその点、樋口監督のPVは、血のイメージと一緒に、異様に爽やかな白水着のパートが入ることで、わけのわからない浄土感が漂う新鮮さがあって、なんだか別の面白さが生まれているようにも見えます。
ちなみに戦闘色の強いPVといえば、挿入歌として使われた「Biginer」だけでなく、「RIVER」がまんますぎるほどまんまなのでご参考に。
RIVER