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「物語」から抜け出す「読者」のための物語──『プリンセスチュチュ』10周年に寄せて

 去年はジュエルペット てぃんくる☆という素晴らしいアニメとの出会いもあり、少女向けの魔法少女(変身ヒロイン)アニメや、児童向けのファンタジーについて沢山調べていた年でした。


 宣伝になりますが、同人誌のアニメルカ Vol.4』ユリイカ誌上などで、変身ヒロインアニメについてジックリ語る機会もいただいたのも去年の話です。

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 その際、人に薦められて全話視聴したのがプリンセスチュチュというアニメです。
 2002年の佐藤順一監督作品で、現在はDVDが生産停止になっていますが、復刻希望の声が大きい「埋れた名作」的タイトルとして知られています。
 岡崎律子さんによる、主題歌の美しさで記憶している方も多いのではないでしょうか。


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 現時点では、(北米版のDVD-BOXを買うという手段もあるのですが)バンダイチャンネルで購入して観るのが最も手っ取り早い視聴法になるのかもしれませんね。


 しかし、公式ガイドブックの類はやはり入手困難です。


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 去年の10月は、その『プリンセスチュチュ』を観終えた夜明けに、急いで書いておいた感想が、かねてからの『チュチュ』ファンの方に喜んでいただけたこともありました。

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 このアニメの再評価を願うファンの思いは常にあったようで──特に「子供の頃から好きだった」という女性ファンが多いそうです──、今年が放送からちょうど十年ともなり、Twitter上では10周年を記念する活動や、Blu-rayディスク化を希望する運動などが盛んに行われています。


 10周年記念と復刻運動を応援する意味も兼ねて、去年に感じた『プリンセスチュチュ』についての話を、自分でもエントリ化しておきたいと思います。

2011年8月27日の早朝のこと

 『プリンセスチュチュ』、残すところ最終話のみ。メタ的なファンタジーとしてものすごくいい。『ジュエルペット てぃんくる☆』を理解する補助にもなりそう。


 見終わった……。
 寝たほうがいいので感想書こうか迷う。最終二話は泣いた。


  • 26話より


 『チュチュ』の感想ではなく、ファンタジー論になってしまうけど、ファンタジーの物語空間は、心の鏡であり、よく出来たファンタジーであるほど人の心を侵食する。
 その「ファンタジーは人の心を侵食する」という側面をメタ的に巧く表現できているのが『チュチュ』だと思う。

以下からは、当時の感想に筆を加えたもの

 『てぃんくる☆』の場合、どちらかというとジュエルランドの物語は「子供の内面世界そのもの」を表していて、それは私たちの現実の鏡として現れる。
 だから登場人物は私たちの心の副機能を象徴していたり、現実の知り合いにモデルのいる人物だったりするだろう。


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 一方『チュチュ』の場合は、「物語を読む(創る)」ことによって、私たちの内面世界に「物語のキャラクター」が溶け込んでいくようすを描いてるように感じる。
 もっとも、『てぃんくる☆』の場合もそういうメタ描写を省いているだけで、ファンタジーとしては「子供の心の中の空想(作話)」が物語となっている、と言えるのは同じ。


 チュチュにおいて「心の中の物語」と、その物語を「心の中に持つ私」の区別がはっきりするのが終盤。絶望の湖であひるとふぁきあが「物語を終わらせよう」と決意するシーンで、「物語をハッピーエンドにしなければ空想にとらわれたままで、人は現実に帰還できない」というファンタジーの大前提に従おうとしていることがわかる。


 『チュチュ』が象徴している配役をちょっと簡単に当てはめると、あひるとふぁきあが「現実の人間」であり、同時に「物語において現実の人間に最も近いキャラクター」である。
 「現実の人間に最も近いキャラクター」とは何かというと、読者が感情移入しやすくて、読者が望んでいる物語展開を、読者が感じるのと同じように願ってくれたり、懸命に行おうとしてくれたりする脇役のことだ。


 あひるとふぁきあの他には、心の中の希望を表すヒーロー(みゅうと)と、心の暗い部分を表す悪役(大鴉)、その間で揺れ動くヒロイン(るぅ)が存在している。象徴化された人の心であるこれらを、救わなければならない、と本能的に感じてしまうのが「現実の人間」だとすれば、その気持ちを受け取って代弁し、代行してくれるのが「現実の人間に最も近いキャラクター」たちだと言える。


 しかし、そう願う本能の想いと、「物語を空想する機能(ドロッセルマイヤー)」は乖離して切り離されている、というのが自己言及的なファンタジーとしても面白い。
 なぜなら、人間はいろんな物語を読んだり聞いたりしているうちに「こういうお話はこうなるはずのもの」という想像力を植えつけられるわけで、その先入観や強迫観念がドロッセルマイヤーに象徴されているように感じるからだ。


 そもそも「他人の書いた物語」を思い通りにできないのは勿論のこと、内面的な葛藤を自分自身で物語化しようとしたときですらも、コントロールできないのは当然だと思う。



 そして、そんな状態を、俗に「空想に落ち込む」と呼ぶわけで、人間はこの「空想に落ち込む」状態から抜ける必要がある。


 ヒーローとヒロインを愛して我が身を省みないあひるは献身的に映るし、自己犠牲と諦め(いわゆる「身を引く恋」のような)の物語として読んでもいいのだけど……。
 物語の最後になって「ヒーローとヒロイン同士が幸福に結ばれることを一番に願う」という読者はものすごく自然なことだし、あひるもきっとそんな感情を叶えようとしただけであって、その意味で彼女はちっとも「自分の気持ちを諦め」てないし、可哀想でもないと思う。


 物語のキャラクターを好きになるということは本来そういうものなんだろう、と感慨深く考えさせられた。


 ところで、そのように、キャラクターを簡単なシンボルに当てはめてみたけれど、あひるの正体がアヒルである、という設定はちょっと現実と逆転している。
 「ただのアヒルに戻ろう」と言って鳥類に変化(へんげ)することが、象徴的には「空想の人格から現実の生活に戻る」ことを示唆しているのだから。
 物語の中で「人間の姿を捨てる」行為が、むしろ「ただの人間に戻って物語から抜け出る」ことを意味するという裏腹さが、単純には割り切れない、イメージの豊かさを生んでいる。


 こうして「なかなかケリのつかない内面世界にケリをつけること」が、何よりも現実に立ち向かう力となるし、そして、その「ケリをつける力」というのはどこから湧くのかというと、まずは「誠実な物語の書き手と出会えること」と、そして「自分の内面世界に対する私の無償の愛」なのだ、という見立てができて、その「自分の内面世界への無償の愛」を持つあひるの心というのは、『てぃんくる☆』のあかりちゃんの優しさと同じものだと思う。


 『てぃんくる☆』との違いは、「無償の愛」をまず表現するのはジュエルペットのルビーなのに対して(そのルビーに愛されることであかりも優しさを解放することができる)、『チュチュ』は最初からあひる一人でみゅうと(=自分の内面)を救おうとしていたところだろう。
 それにしても、意外にも『チュチュ』は『てぃんくる☆』と重なって見える場面が多い。るぅがみゅうとのために命を投げ出す瞬間は、アルマを庇うダイアナのようだったりと。


 改めて書くと、ファンタジーとして素晴らしいと感じたのはその「自分の省みなさ」であって、「ファンタジー世界から現実に戻ろう」というテーマの作品はいくらでもあるのだけど、そのプロセスに「その世界に自分の居場所がなくなるまでキャラクターを愛し抜いてハッピーエンドに導こうとする」という関係を描いたファンタジーにはなかなか出会えないと思う。
 普通なら、そこまでキャラクターを愛したらいけない、という問題になりそうだけど、『チュチュ』で描かれる「キャラクターへの愛」はちょっと特殊だ。


 ドロッセルマイヤーは「物語のキャラクター」を愛してしまった「現実の人間」をそそのかし、自分がその物語の主人公……「お姫様(プリンセス)」となって、ヒーローの「王子様」に告白することもできるよ、と誘惑する。しかし、ほんとうにみゅうとのことを考えたあひるは、「物語の主人公になれる権利」を与えられてもそれを放棄する。
 ほんとうの意味で「物語を終わらせる」には、そんな接し方(愛し方)が一番有効なんだろう、ということが『チュチュ』を観ると理解できてくる。


 ただ、これは逆に言うと「キャラクターに未練を残すような結末しか描けない他のクリエイター」に対する強烈な問題提起、批判にもなりうると思う。
 「ハッピーエンド」はご都合主義でも願望充足でも一時の慰めでもなくて、「幸せな結末」は現実逃避でももちろんなくて、「物語にケリをつけてもらう」ために必要なのであって、本当に読者の現実のことを思うなら幸せに終わらせるべきなのだ、という教訓のようにも感じる。


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 ちなみに、ぼくが『U30』に執筆した「ギフトとしての物語」でも、未練のつきまとう物語がいかに読者に悪い影響を残すか、という問題は強く指摘していた。


 もっとも「消費者を物語の世界に引きこんで逃さない」というのは(商業原理で語るのは好ましくないと思うが)、「空想の世界を生業にしていく人間=クリエイター」の志望者を増やす、という見返りはあるだろうなと思う。


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 比較して持ち出すなら、(物語構造が『チュチュ』と少し似ている)『魔法少女まどか☆マギカ』はまさに「そちら側」の作品であって、物語はオープンエンド気味であり、主要登場人物のうち、ほぼ誰も「現実世界に帰還する」ような役割を与えられず、むしろ「空想の世界で永遠に戦っていく」「永遠に空想の世界を見守りつづける」というイマジネーションに終始した話になっている。
 創作の中で生きたい人たちにとっては、きっと身近に感じられるのは『まどか☆マギカ』の方なのかもしれない。


 だからキャラクターとしてのまどかは、アーティストにとっての女神、ミューズに近い。
 『まどか☆マギカ』の放送終了後、終わりなく増えていった二次創作の多さがその性質を表しているし、逆に『チュチュ』の場合は「二次創作を読むことができなかった」と言うファンの方もいたほどだった。

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 その『チュチュ』のエピローグがどうだったかと言えば、ドロッセルマイヤーはまだ生きつづけ、まどろむあひるの隣で、自分の物語を書くふぁきあの姿が描かれる。
 『チュチュ』は「物語から抜け出る」ことの大事さを描くのだけど、空想や創作を否定する物語、というわけではない。


 このドロッセルマイヤーとふぁきあの描写によって、「『プリンセスチュチュ』の物語は終わったけど、ドロッセルマイヤーはまた別の物語を作ろうとするかもしれないから、気をつけてね」という注意と、「自分で自分のお話を空想すること自体は、やりたくなればやめなくていいんだよ」というエールの、ふたつのことを伝えて終えていたのも、「空想」に対してとても誠実だなあと、感じたのだ。


 「二次創作を読むことができなかったファンもいた」と先に述べた『チュチュ』だけど、二次創作の魅力を持たない作品でもないそうだ。

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 今になっても『プリンセスチュチュ』のテーマは、「物語との接し方/作り方」という問題を考える上で、尽きない刺激を与えてくれると思う。


 ちなみに二部構成になっている作品なので、全体的なテーマを締めくくる26話(「雛の章」の最終話)だけでなく、13話(「卵の章」の最終話)のクライマックスも、テーマとは関係なく心を動かされるものだった。
 バレエとバレエ音楽を素材にしたアニメという、芸術的な側面もあって、とても印象に残るアニメ作品だった。

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 ちなみに、個人的にるぅちゃんが一番好きです。そう言うと吉田アミさんに「やっぱりね」と返されました。