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『HUNTER×HUNTER』Ustの告知および、ニコ生PLANETS12月号のまとめ

 はい、漫画研究家の泉信行です。



 16日は上京してニコ論壇ニコ生PLANETS12月号「徹底評論!『HUNTER×HUNTER』」に出演させていただきました。
 コメントでも言われていたように、いかにも「時間が足りない!」という効率の悪いトークでしたし、非公式に反省会Ustでもやろうかなあと考えています。


 時間は(急ですが)今晩の9時以降から。告知はぼくのTwitterで。(→http://twitter.com/izumino
 相方は、よくハンタについてのつぶやきがTogetterにまとめられたりしているy2k000(ヤツ)さんにお願いしています。

「徹底評論!『HUNTER×HUNTER』」の復習

 ではUstの予習用に、ニコ生のおさらいをしておきたいと思います。
 ありがたいことに、細かなレポートを上げてくれていた有志がおられましたので、そのまとめを下敷きにしてポイントを箇条書きしておきます。脚注は本番では喋っていなかったポイントの補足です。
(※ただ、いずれこの回は『PLANETS』の誌上再現コーナーで公式にテキスト化されると思うのですが。)


 そういえば「コムギを襲った鳥が強者」っていうネタがまぁ冗談なのは確かなんですが、あの「ピトーの円を抜けた」というのは円というよりもオーラの話で、「護衛団のオーラを抜けた」のがスゴいっていう意味でした。
 「ノブさんの心が折れたレベルの凶悪なオーラ」を、鳥でも感じられるのかっていう疑問は挟まるんですが。
 23巻で「オーラを練っているネテロから鷲が逃げる」という描写が入ってましたから、「普通の鳥は強いオーラを怖がるもの」という前提で考えるとあそこまで侵入してる鳥は只者じゃないんでは? というツッコミに繋がるわけですね。閑話休題

  • 冨樫作品はハイブリッド、つまりキメラアントそのものであり、なおかつオリジナリティを保ち続けている
  • 成馬「王宮突入以降は極端な時間の引き伸ばし(コンマ秒単位の詳細な描写)を取り入れ、これまで特技とされた省略の美学からも逸脱している」
  • 幽☆遊☆白書』について
    • ジャンプ黄金期を代表する作品
    • 成馬「仙水編から壊れ始めた。この時代デビルマン的な作品が多く発表されていた(エヴァンゲリオンベルセルク、ラストマンなど)」
    • 黒の章。樹の「キャベツ畑やコウノトリを信じている可愛い女の子に無修正のポルノをつきつける時を想像するような下卑た快感さ」というセリフ
    • 善と悪の転倒、ストーリーの逸脱、極端な省略、背景が白くなることと相関して変わるキャラの造形
    • 泉「樹が負け際にインフレバトルを皮肉ったというくさび。本編はパワーバトルから知能バトルへと移るが、幽介は戦いたいから戦い続けるというバトルジャンキー(陣、酎などの同類)であり続ける」
  • レベルE』について
    • アニメになったけど古臭さが
    • 宇野「カラーレンジャーのRPGツクールの話は明らかにグリードアイランド編の原型で、マグバグ族の女王が地球を滅ぼそうとする話はキメラアント編の原型」
  • HUNTER×HUNTER』について
    • ハンタは、初期はドラゴンボールの子供時代悟空のようなものであったはず。それがどんどん冨樫らしいブラックさが出始めた
    • 石岡氏がパネルを使って作品分析。ハンタは二項対立の脱臼から成り立っている。キメラアント編は、最初は人vs蟻という対立であったはずだが、軍儀とコムギの登場によって、ほんの遊びにすぎなかったゲームが王にとって自己目的化していき、対立は脱臼を起こし作品が進化した
    • 石岡「28巻と29巻はそれぞれの裏表紙の色が同じで、共に宗教をモチーフとしたイラストであり、西洋的一神教と東洋的多神教という対をなしている(二項対立のアレゴリー)」
    • 宇野「インフレバトルと知能バトルの対立から、目的のあるバトルと手段を目的化したバトルの対立に移行していると」
    • 石岡「コムギと王の関係は無償の愛よりも、個人的な能力主義を前提にしている。王はコムギには絶対に勝てない、その信頼の元に技術を二人して高めるというもの」
    • 泉「つまり女王とプフは種の繁栄という、自分の死後にも刻まれる結果を目的とするが、棋譜を残そうとしない王とコムギは個人の技量しか目的にない、という対比ですね」
    • 少年漫画と少女漫画が同時並行で進んでいる
    • 成馬「王とコムギの関係は、山岸凉子日出処の天子』の聖徳太子が最終巻で娶った幼女との関係の発展」
    • 泉「キメラアント編の貧者の薔薇に続き、会長選挙編のアルカも大量殺戮兵器が鍵になるという連続がある」 しかも、規模的には今回の方が危険性が高い。選挙結果にも影響する
    • 石岡「ゴンの黒い瞳が一番怖い、闇には闇をということで同レベルのアルカを登場させたのでは」
    • 宇野「生徒としての役割の多かった主人公たちは、キメラアント編でその役割を無効なものとした。その影響で、初期設定として超越的な存在であった父は、後半になると単なる1キャラクターとして格下げされた」
    • 泉「『寄生獣』との差異。異種族との共存というよりも人間同士の話なのがキメラアント編」
    • 宇野「いろんな人集めてハンタ評論本を出したいくらい」
  • HUNTER×HUNTER』を「遊び」という言葉を軸に読み解く
    • 宇野「手法が題材になっていくのが冨樫さん」 泉「手法が読者にとっても一番面白いし、手法がテーマにもなっているし、作者のモチベーションにもなっているしで、とても幸せな作品」
    • 泉「あれほど嫌悪していたように見えるジャンプバトルを、なぜかとても楽しそうに描いている。ハンタは作者のコレクション好きとゲーム好きが投影されたコレクション(ハント=狩り)の漫画。手段を目的化することでバトルの空虚さを打ち消した。幽白ではパワーバトルと知能バトルが別フレームに別れているが、ハンタでは念能力という同じ土俵で並べた。ハンタで描かれるゲームは人類発祥以来の、狩猟採集生活の本能的快楽に根ざしているため、ゲームや勝負を通じて、善悪を超越した友情でもロマンスでも生き甲斐でもなんでも描けることに気付いた。狩猟採集は少ない群れで行うものだから、トップダウンに政治や国家を描こうとはせず、少人数のゲームから積み重ねて*2ボトムアップ式にマスな世界を描いてきた。ビゼフ長官やパリストンの登場で、ようやく政治のレイヤーも視野に入ろうとしている」
    • 泉「ハンター協会の存在意義は政治や利潤ではなく文化事業。面白いから、を政治よりも優先させるネテロとジン。遊びの天才であるゴンが理想のハンターで、樹の打ち込んだくさびへの解答にもなりうる主人公。元々ゲーマーのキルアはそんなゴンに戻って欲しいと努力するが、カイトのトラウマによって遊びどころじゃなくなってしまった」
    • 泉「悪役論。ボマーの三人組やキメラアントのような悪人でも、狩りという遊びを共有した絆があれば肯定的に描かれる。*3ヒソカとパリストンの遊び心はソロプレイヤー寄りで、そんなパリストンがチードルは気に食わない。旅団のメンバーは遊びを与えてくれる団長が好きなのか、団長の与えてくれた遊びを愛するのかで割れる。ゴンの最大の対極が、おそらく遊び心を持たない、合理性の化物であるジャイロ」
    • 石岡「旅団にはカルトが、ジャイロにはウェルフィンとビゼフが、というように二項対立に必ず異分子を混ぜて脱却させようとするのが冨樫流」
    • 宇野「キルアはガチゲイ。ゴンが何のハンターかって言ったらメンヘル男子ハンターですよね。ドラゴンボールが描けなかったバディものの復権クリリンが18号よりも悟空を愛していたらドラゴンボールの最後はあんな悲惨なことにはならなかったと思う」
    • 泉「ゴンとキルア、王とコムギは野生児とインドアゲーマーという関係性で繋がっていて、この二組のロマンスが作中で最も面白いのはテーマ的に当然*4
    • 「究極のマスゲーム」としての選挙。AKB総選挙という時事ネタ。記名式であることから「美人投票の理論」が働いてしまう
    • ゴンの育て親であるミトは、ほぼ唯一「ハンターの仕事の面白さ」を否定するキャラクター。冨樫の女親の描き方*5
    • 成馬「ゲームの果てにある暴力と死をどう描くのかという問題がある。復活は描かないが転生は描くようになった」
  • ジャイロについて

  ジャイロとは、NGLの設立者にして影の首領。堂々と仕掛けられた伏線。


 議論のなかで衝撃的だったのは、不可解であったジャイロについての説明です。前提として、ハンターハンターの世界では、遊び(広義でのゲーム)を共有できるのが仲間であり、遊びを提供できるやつが良い奴となる。その視点だと、人権を奪われて悪意をまき散らすためだけの合理的な思考を持つジャイロは、遊びの天才であるゴンの対極にいる存在であるがゆえに、作中では「ゴンとジャイロが運よく出会うことがなかった」という宿敵のような描かれ方をしたということです。その意味では王、ゲンスルーなどの相手は「敵」ではない。
 

 ここでの遊びというのは手段を目的化することであり、勝つためではなく戦いそれ自体を楽しむことを指しています。戦うのが面白いから戦うことです。勿論、GI、オークションも遊びに含まれます。


 キメラアント編を語ると、まずレオルとモウラが好きなアーティストが同じであったことを伏石として、最終的に軍儀を通じて王とコムギが深く通じ合えたことに「遊び」の価値が反映されているのです。
 
 さらに推し進めると、ネテロ会長と近寄った思想を持つパリストンは遊びを共有する気がないからこそ否定されて、ヒソカという存在が強調されて描かれるのは自分の遊びに没頭するソロプレイヤーだからこそ、というわけです。




 そして、「楽しいかどうか」だけではなくて、「好きか嫌いか」という指標も当然ながらあります。それが顕著なのは旅団の関係性であり、オークション編でのクラピカが提案した取引のシーンでは、団長が提案する遊びを支持してルールを尊重する集団と、団長に惹かれて団長の存在の優先的に支持する集団に別れました。


 モラルの「同じ音楽の趣味のやつとはやりづらい」という躊躇と、ゴンが「敵に仲間思いのやつがいたらどうするんだ」という葛藤が、善悪という価値観以上に「遊び」と「好き嫌い」という二つの指標が優先される世界観であることを端的に表しているようです。



 そして、ハンターハンターでは、キメラアントの女王、キルアの母親など「母」という存在が歪んで描かれます。当初登場したミトさんがゴンがハンターになる夢を否定するように、冨樫義博がイメージする母親は「遊びを否定する」存在がであるがゆえに、ハンターハンターに登場する母親はいびつな存在になる、ということです。


 他には、ゴンがゴンさんになってしまったのは、復讐という目的を持ってしまったからで、手段を目的化して楽しんでいたのが、目的の為に手段を講じるようになってしまったから、ゴンではなくなったようです。復讐に憑りつかれたクラピカの二の鉄を踏んでしまった、ということでしょう。



 まとめは以上です。結論だけを抜き出したので伝わりづらいかもしれません。



 やはり私が感銘受けた考察は、ジャイロの存在意義についてですね。彼だけが特別であったのは、遊びを楽しむことを完全に拒否している存在だからこそ、ってのは思いもよらなかったです。一方のゴンはGI編で「君が一番このゲームを楽しんだ」と言われたように主人公としてあらゆるゲームを楽しめる天才です。 
 
 それにキルアがなぜ特別かというと、彼はこれまでインドアゲーマーだったのが、遊びを共有できるようになったからで、いわゆるパリストン、ヒソカのように遊びを共有することがない存在であった。しかし、ゴンという遊びを誰よりも楽しんで、遊びをまわりにも提供できる存在に出会って、キルアが変わるようになったのが特別なのです。



 
 これでも議論されていた内容のほんの一部にすぎません。冨樫義博こそがキメラアントのハイブリッド性を持っている、などまだまだ重要な議論もありましたが、全てをまとめるのは不可能ですので自分にとっては刺激的であったことをまとめました。しつこいようですが、本当にジャイロさんの考察にやれましたね。

靴の先は二次元の入り口:ハンターハンターの世界観の考察、なぜジャイロがタイトルになったのか

*1:この頃は江口寿史の影響も大きそうだが

*2:マスゲームであるオークションやMMORPGを経て

*3:ビスケを襲った殺人鬼が「武人として手合わせ願う」と頼むことで命拾いしたのも、同じ土俵のゲームで競おうとする態度を見せたため

*4:ただ、王はゲームの面白さを外に広げようとはしなかった点で、理想的なハンターではなかった。しかしコムギと出会う前から「レアモノ」を探すのが面白いなどと、コレクター的な娯楽に興味を示す様子が描かれている

*5:言及できなかったが幽白における幽助の母親や黒呼さんの描き方も面白い