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「小説家になろう」というサイトと、電撃文庫『魔法科高校の劣等生』というイレギュラー

 3月に電撃文庫からの書籍化が発表され、先月に1巻が発売、本日から2巻がリリースされる魔法科高校の劣等生

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 いわゆるWeb発のオンライン小説ですが、この作品を掲載していたのが「小説家になろう」というサービスです。

 その「小説家になろう」(通称は「なろう」)について、「インフラとしてのオンライン小説サイト」という観点から(ぼくの知る範囲で)説明してみたいと思います。

「小説家をやる」のか、「小説家を目指す」のか?

 小説家になろう……英語にすると「Let's become a Novel writer.」といったところですが、サイト名としてクセモノなのは、利用者のスタンスによって、この名称がダブルミーニングになること。


 「小説家になろう」というサイト名から思い浮かぶニュアンスとしては、「このサイトで(アマチュア)小説家になってみよう」「このサイトから(プロの)小説家を目指そう」のふたつがあるでしょう。


 そしておそらく大抵のユーザーは前者の意味で作者登録していて、読み専(ROM)の読者も、前者のユーザーが大勢を占めたサービスだと認識しているはずだと思います。
 つまり、大抵は「趣味」で書かれた小説なわけですが……、趣味の創作サイトといえば(pixivなどを典型として)女性の力が強い、という面もあるでしょう。
 だからか、女性向けの恋愛小説やミステリ、ファンタジーでは商業化の例が多かったようですね。電子書籍ケータイ小説も含めて、なろうユーザーの出版報告例は、2006〜2010年までの間、ほとんど女性作家のものでした。


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 男性作家の出版例は自費出版のみで、一例としては、2003年にファンタジー小説を商業出版していた(文芸社の本ですから、たぶん自費出版の私家本でしょう)作者が、2006年から「なろう」で連載をはじめている、なんてケースも見受けられます。

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 そんな流れが変わったのが、橙乃ままれログ・ホライズン(2010年12月書籍化発表)と、佐島勤魔法科高校の劣等生(2011年3月書籍化発表)からでしょう。

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商業出版へのプロセス

 まず覚えておいてほしいのは、商業デビューへの道が、いわゆる「スカウト」だけではないということです。
 小説家になろうとは無関係に、アルファポリスというサイトが作家登録システムを作っており、そこで上げた実績によって書籍化を目指すことができるようになっています。


 あまり知られていませんが、このアルファポリスのレーベルはそこそこ安定した客層を得ているようで、新刊が出れば一般書店の店先に平積みされることも多く、単に出版だけしてハイ終わりというジャンルではないのは確かです。
 その点、アルファポリスを「文芸社のような自費出版サービス」と理解するのは大きな誤りでしょう。
 また、「文庫のライトノベルだけが若者向けのヤングアダルト小説だ」と思い込むのも間違いだと言えます。立派に市場を確立しているわけですからね。


 ただし、今までアルファポリスからの出版例は、(女性作家を除けば)小説家になろうの外の作品でした。


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吉野 匠(よしの たくみ)は、東京都生まれの小説家。自身のサイトで連載していた『レイン』が人気を博し、アルファポリスからデビュー。

吉野匠 - Wikipedia

柳内 たくみ(やない たくみ)は日本の小説家。東京都在住[1]。
(中略)
本業の傍ら、投稿小説サイト「Arcadia」において小説『自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』を「とどく=たくさん」名義で2006年4月 - 2009年6月にかけて連載する。
2010年4月12日、作品のタイトルを『ゲート 自衛隊彼の地にて斯く戦えり』と改め、アルファポリスより単行本1巻が刊行された。

柳内たくみ - Wikipedia


 アルファポリスのレーベルで「なろう」出身の小説というと、女性作家によるものばかり。
 例えば、このブログのヘッダにバナーを張っている如月ゆすらの『リセット』などがそうですね。

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 男性向けの作品でも、「なろう」からアルファポリスの出版システムに参入できるようになったのはつい最近のことです。
 しかしこれは、ログホラや魔法科に追随した書籍化ブーム、青田刈りのはじまり……などではまったくなくて、以前から普通にアルファポリスに登録していた「なろう」ユーザーが頭角を現してきただけなんでしょう。
 その先駆けと言えるのが白沢戌亥の『白の皇国物語』と、安部飛翔の『シーカー』
 どちらも元々、なろうの累計ランキングの上位にあった異世界ファンタジー小説です。


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 さて、このアルファポリスを利用したルート以外で、「小説家になろう」の作品が既存の出版社にスカウトされてデビュー、という男性作家の例は今まで皆無でした。

 男性向けのライトノベルとしてスカウトされた例は、不動のランキングトップであった『魔法科高校の劣等生』のみで、小説家になろう」としては非常にイレギュラーな事態です。

 さらに問題は、『魔法科高校の劣等生』と似たタイプの小説を「なろう」の中で見付けるのは非常に難しく、あったとしても埋もれているだろうという事実です。
 「なろう」の作品群は、魔法科とは別傾向のものが大半(その多くが異世界ファンタジーで、ハードSFは少数)だということを踏まえた上で、サイトを巡る必要があると言えるでしょう。


 なお、 『ログ・ホライズン』はあくまでまおゆう魔王勇者の編集をしていたエンターブレインのスタッフが「橙乃ままれの新シリーズ」として担当しただけでしたし、たまたま「なろう」にログホラが掲載されていたにすぎないケースです。
 その上で、橙乃ままれ自身はアルファポリスに作品を登録していなかったので、アルファポリスから出版される話も持ち上がらなかった、ということです。
(余談ですが、まおゆうやログホラの書籍化に際して、ライトノベルの読者層から「文庫でもないのに若者が読んでくれるわけがないだろう」という声が多く挙がったものですが、それはアルファポリスの読者層の大きさをまったく視野に入れていない狭い意見だったように思います。)

プロ意識の高い作品と、アマチュアイズム炸裂の作品のコントラスト

 「小説家になろう」のレアケースとしては、まさしく「ライトノベルの投稿常連」という作者によるラブコメ小説、『やんやん』があります(連載中)。
 プロ志望の作家による作品だけあって、ちゃんと文庫サイズの構成を意識した書き方になっており、そのままイラストをつければまさにラノベになりそうだと感じた作品です。
 で、「なろう」作品の中でこういう作風は、超がつくほど異例なんですね。
 しかし逆にいうと、魔法科1巻の解説で川原礫が主張していたような「いくらでも長く書き続けられるからこその逸脱がWeb小説の魅力」という法則が当てはまらない、最初からプロ意識の高い作品だって当然ある、ということです。
 ちなみに『やんやん』の作者さんは、新人賞を24回落選しつづけながら担当編集についてもらい、ようやくデビュー作の打ち合わせに入っているそうで、結果論でいえばプロデビュークラスの作者によるWeb小説として『やんやん』は読まれるべきかもしれません。


 アマチュアイズム全開の小説として個人的に気に入っているのは『神喰らい』(完結作品)。
 『魔法科高校の劣等生程度で、「主人公最強」とか「主人公無双すぎる」などとほざいている人には一読していただきたい、超人中の超人が主人公の小説ですね。
 文字数にして三十六万文字。商業ではやりようもなさそうな極端な設定から始まり、先を考えないでライブ的に執筆されていたらしくアマチュア的な箇所はいくらでも探し出せますが、最初のワンアイディアを活かしてまとめきった結末には素直に感動させられるという、川原礫が言う意味でもWeb小説らしい逸脱のあるWeb小説だと思います。
 起承転結の「承」が長めなこともライブ的に書かれていたせいなんでしょうが、68ページ目の「いない神」あたりからが物語の本番でしょうね。最初の2ページまで読んで気になったようならオススメです。


【追記】「既存の出版社からのスカウト」ではない書籍化の例

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